第4回 後藤康男(ごとうやすお)さん 安田火災海上保険株式会社会長
<プロフィール>
1923年(大正12年)愛媛県松山市生まれ。49年安田火災海上保険株式会社に入社。働きながら大学に通い、51年法政大学経済学部を卒業。福岡支店長、社長室長などを経て83年から取締役社長に。10年にわたる社長時代には、同社の創業百年記念事業の一環としてゴッホの名画「ひまわり」を購入し、話題を呼ぶ。92年から経団連自然保護基金運営協議会会長。その他に、建設省河川審議会委員や(社)国際善隣協会理事長なども務める。今年の7月末には経団連豊田会長とルワンダの難民キャンプを視察した。


平成の坂本龍馬がいれば、NGO活動に命をかけたと思います

幸田 後藤さんは1992年に地球サミット(国連環境開発会議)に行かれまして、それ以来環境問題がライフワークだとおっしゃってますが、後藤さんの心をとらえて動かしたものは一体何でしょうか。
後藤 一つには、性格。現場を踏まなければ気が済まないという考え方、発想ですね。もう一つは、陽明学で知行合一(ちぎょうごういつ)というのがあるんですが、知ったことは実行する。実行しなきゃ知ったことにならないというのが、陽明学の教えです。
幸田 ですから、地球サミットにもパプアニューギニアやパラオまでいらっしゃった。
後藤 そう、行かなくてもいいところまで行きたいという気がまずある。経団連で地球サミットへのミッションの募集があったので、迷うことなしに地球環境の現場を見ましょうと、いとも簡単な理由で行った。
幸田 当時は「なんで後藤さんが行くんだろう」というぐらいの受け止め方だったんでしょうか。
後藤 経営トップで行きたいと手を上げたのは私だけでした。地球サミットの直前の5月に経団連自 然保護基金の設立が決まり、運営協議会の初代会長に私がなっていた。そのころから、やるからには本腰を入れなくてはいけないという覚悟はできていました。
幸田 自然保護基金はそもそもどういう目的でできたのですか。
後藤 90年に平岩さんが経団連会長に就任され、まず「地球、市場、人間」というキーワードを打ち出された。そして翌年91年の4月に、地球環境と企業活動の共生をうたった「経団連地球環境憲章」を発表しましたが、この憲章は国内外から大きな反響を呼びました。この憲章の理念を具現化するものの一つとして設立されたのが経団連自然保護基金であり、日本の産業界として具体的に自然保護活動に向けて行動を起こしたという大きな意義があります。


企業活動と自然保護のバランス

幸田 企業活動と自然保護活動のバランスをどのようにとるべきだとお考えですか。
後藤 企業には企業の立場があって、企業の利益、社員を養うことも大変なことです。企業益というのは悪いことではありません。国益がひしめき合っているのも事実。しかし、地球益、地球人ということを考えなくてはいけないところまで、この地球はおかされている。
幸田 地球益とは具体的にどういうことをお考えですか。
後藤 地球環境問題というのはわれわれ一人ひとりが被害者にして加害者。温暖化、オゾン、酸性雨、これはみなボーダレスの問題。坂本龍馬は世界の体制をみて、徳川家より日本が大事ということで、脱藩する。脱藩というのは当時死に値する。彼はそれを覚悟して、国事に奔走し、夜明け寸前にして凶事に倒れる。竜馬が今生きていれば、精神的な脱藩をして、地球益、世界に向けて行動したと思う。今後はNGOの活動の重要さが高まるでしょう。NGOは営利なし、イデオロギーなし、非政府組織で、情熱を持っている。NGOは民主主義のバロメーターです。日本のNGOをまとめ、世界のNGOとのネットワーク、連携を組む必要がある。平成の坂本龍馬がいれば、そうした活動に命をかけたと思います。
幸田 経済界の一員として周囲の価値観を変え、新しい価値観へ移行させるのはかなり大変でしょうね?
後藤 認識のギャップは大きい。経済界のトップクラスの人たちでも、いろいろな考え方があります。ただ、地球環境の保全に関しては、徐々に認識が高まりつつあると思います。
幸田 私思うんですけど、まだ経済界が本腰になっていない。本腰になるためには環境部にいけば出世するとか、社内的に特別な価値が経営者によって与えられるとか、優秀な人材を環境部におくとか、いろいろな企業にお話を聞いてもなかなかそういう風にはいかない。経団連は少しは変わったんでしょうか。
後藤 つい最近経団連が出した環境アピールをお読みいただければわかりますが、企業の自主的行動に向けて、かなり踏み込んだ内容でまとめられている。(表)
幸田 世界では保険会社が環境問題に関心を持ち始めている。というのは、自然破壊が起きると保険会社にとっても重大な問題だからです。このあいだのハリケーン・アンドリューでは30万人がホームレスになった。それを保障するとなると、大変なことになる。後藤さんも保険会社のトップとして敏感に重要性をお感じになるという部分はあるんでしょうか?
後藤 両面あります。保険金を払うという痛みもありますが、保険そのものの思想というのが「ひとりは万人のため、万人はひとりのため」という相互扶助の精神。それから「転ばぬ先の杖」というのが保険会社の体質を表している。これはまさに地球環境の保全と相似たものです。


経団連「不動明王説」

幸田 これから日本が21世紀にどういう国として発展していくのが望ましいのか、どういう豊かさを求めていくのか。例えば、安保の議論もこの先どういう日本でありたいかという点がはっきりしないと出てこない。どういう形で、どういう豊かさで、どういう国際的な貢献をしていくのが日本にとってベストなのかということに対して、ご意見をお聞かせください。
後藤 ついこのあいだまで援助を受ける側だった日本は、経済大国になったんだから、今までの価値観、システムを変えていかなくてはならない。本当の意味での世界のなかでの日本という立場になって、世界のリーダーシップをとるにふさわしい行動をしなくてはいけない。日本がそうなるということは、日本の中に住んでいる人、企業すべてがそういう風にならなくてはいけないということ。
 そうは言っても、世界をみると民族紛争、宗教紛争、経済戦争をやっている。そのなかで豊かさを維持しなくてはいけない。経済力を軸にして世界に貢献していかなくてはいけないことも事実です。 私は、経団連「不動明王説」を言っている。つまり、不動明王は右に利剣を持ち仏敵を打ち払い、己の煩悩を斬る。かたや左手に羂索(けんさく編集部注:衆生を救済する縄)をもって、衆生、生きとし生けるものを慈しみ、いたわり、救う。これが不動明王の二つの顔であり、二つの使命。経団連はかたや経済開発をすすめる。一方で環境保全をすすめ、持続可能な開発をめざす。
幸田 これから日本の経済が環境に良い形で発展していくにはどうする必要があるとお考えですか?


哲学的な理念ある開発を

後藤 地球環境は経済問題を抜きに解決できません。まず原因は人口の急増です。人口の急増は貧困を生み、貧困は自然あるいは資源の収奪、食料問題を生む。それからエネルギー問題もしかり。これを解決するには経済開発が必要です。しかし、今までのような経済開発一辺倒の考え方ではダメです。持続可能な経済開発をしよう。地球は元本ですから、元本を取り崩しちゃダメだよと。利息の範囲内で生活する。それが持続可能ということ。これは世界の共通語になった。
 僕はもう一歩進めて、持続可能な開発に対してもう一つ哲学的な理念を与える必要があるんじゃないかと思っている。このコンセプトを支えるのは東方思想じゃないかと思います。仏教、儒教、道教、神道。自然を崇拝し、森や水を大切にする。自然に対する尊敬の念がなかったら持続可能な開発はできない。
 そこで中国上海で東方思想研討会シンポジウムを6月にやったんです。テーマは東方思想と企業経営、地球環境。21世紀を見越して、世界に発信する。
幸田 新しい風を起こし、リーダーシップをとるのは大変でしょうね。
後藤 しかし、僕はそんな悲観していませんよ。この秋に出るISO14000シリーズ(国際標準化機構による環境マネジメントシステムの国際規格)の影響はまだ未知数なんですが、これをグリーンパスポートと言っているんです。経団連のアンケートでは、メーカーだけでなくサービス業も含めて認証を受けるという企業が37%近くある。経団連会員企業はISOの認証を極力受けて欲しい。将来的には認証を受けないような企業の商品は売れなくなる。グリーンコンシューマー(健全な消費者)とグリーンポートフォリオ(健全な投資家)、それで企業はグリーンマネージメント。それが21世紀のキーワードです。来年は国際会議がめじろ押しにありますから、この2〜3年でぐっと変わってきますよ。
幸田 NGOに理解ある数少ない財界人である後藤さんのご意見は貴重です。どんどんお声を発していただきたいと思います。ぜひ「権威のない者の声」を保護してください。日本ではまだNGOにあまり権威が与えられていないので、彼らの声を保護することも大切だと思います。そのなかで彼らもまたリーダーシップを発揮できると思います。ありがとうございました。

インタビューを終えて 

「NGOは民主主義のバロメータだ」と後藤さんは言われた。NGO関係者ならともかく、経済界のトップリーダーの発言であるだけに、大変勇気づけられました。
 これまで日本の経済界とNGOは、互いを不信の目で見てきたように思います。この不信感が、今日の地球環境問題で、互いの力を借りながら前進させていく上で大きな障害の一つとなっているのでは ないでしょうか。一方は営利を追求する団体で、もう一方は非営利の団体。活動の目的が違うのですから、緊張が生じても不思議ではありません。しかし双方の協力には緊張ある信頼関係が欠かせません。
 後藤さんはまだ経済界の中では少数派かもしれませんが、経済界の有力な一員として、また、経団連の自然保護基金の会長として、大きな影響力を発揮できる立場にあるのが心強いところです。経済界とNGOをつなげる架け橋の役割を果たす人びとが、もっと多く現れてくれたら、と思いました。(幸田シャーミン)


経団連環境アピ−ル
−21世紀の環境保全に向けた経済界の自主行動宣言−

 経団連地球環境憲章の制定以来5年が経過し、われわれは環境問題への関心を一層深め、内外において積極的な取り組みを展開してきた。しかしながら、特に地球温暖化問題をはじめ、環境問題への取り組みの重要性は近年ますます高まっている。
 例えば、気候変動枠組み条約の下で先進諸国は2000年のCO2排出総量を1990年レベルに抑制するとされているが、わが国のCO2排出総量はむしろ増加傾向がみられる。また、廃棄物対策についても、容器包装リサイクル法の成立等、循環型経済社会に向けての取り組みが始まっているが、かかる社会の実現には、“廃棄物”ではなく“資源”あるいは“副産物”と位置づける発想の根本的な転換が必要である。他方、環境管理・監査については、民間の自主的国際規格であるISO14000シリ−ズが今秋発効する予定であり、国際的気運が高まりつつある。
 21世紀を間近に控え、環境保全とその恵沢の次世代への継承は国民すべての願いであり、われわれは資源の浪費につながる「使い捨て文明」を見直し、将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく現在の世代のニーズを満たす「持続可能な発展」を実現しなければならない。
その際のキーワードとして、われわれは、1.個人や組織の有り様としての「環境倫理」の再確認、 2.技術力の向上等、経済性の改善を通じて環境負荷の低減を図る「エコ・エフィシェンシー(環境効率性)」の実現、3.「自主的取り組み」の強化、の3つが重要と考える。
 こうした考え方に立ち、われわれはここに、“環境問題への取り組みが企業の存在と活動に必須の要件である”との経団連地球環境憲章の精神に則り、当面する環境分野の重要課題に対し、下記の通り、自主的かつ積極的な責任ある取り組みをさらに進める旨宣言する。
 もとより、これらの問題に取り組むにあたっては、企業、消費者・市民・NGO、政府のパートナーシップが不可欠である。国民一人一人が「地球市民」であることを自覚する必要があるが、企業も同様に「地球企業市民」としての意識を持ち、政府や消費者・市民・NGOとの連携を図り、行動する必要がある。また、こうした国民の自覚を促すためにも、企業としても環境教育を支援し、社内外における環境啓発活動に積極的に取り組むことが有効である。
 なお、「地球企業市民」として、政府や消費者・市民・NGOと共に考え共に行動するとの観点から、本アピ−ルはインタ−ネット等を通じて広く外部の意見を仰ぎ、地球環境保全に向けた産業毎の自主的行動計画作成をはじめとする今後の取り組みに反映していきたい。

地球温暖化対策
 使い捨て経済の見直しとリサイクル社会の構築、エネルギー効率・炭素利用効率の改善等を基本方針とし、世界最高の技術レベルを維持するとともに、利用可能な技術を途上国に移転することによって地球規模のエネルギー利用効率の改善を目指す。
【具体的取り組み】
1.エネルギー効率の改善等の具体的な目標と方策を織り込んだ産業毎の自主的行動計画の作成と、その進捗状況の定期的レビュー
2.都市・産業排熱の回収利用、自然エネルギ−のコストダウン、コジェネレーション・複合発電等による化石燃料の利用効率の改善、原子力の安全かつ効率的利用の促進
3.LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)の視点に立った業際間連携によるエネルギー効率の改善
4.輸送効率の改善
5.省エネ型製品の開発等を通じた民生部門における温暖化対策への協力
6.政府との緊密な連携の下、途上国への技術移転のための「共同実施活動」への積極的な参加
7.企業自ら、あるいは経団連自然保護基金等を通じた内外における森林保護や植林の推進、等

循環型経済社会の構築
 資源の浪費につながる使い捨て型経済社会を見直し、循環型に転換すべく、製品の設計から廃棄までのすべての段階で最適な効率を実現する「クリーナー・プロダクション」に努めるとともに、旧来の“ゴミ”の概念をあらため、個別産業の枠を超えて廃棄物を貴重な資源として位置づける。リサイクルを企業経営上の重要課題とし、計画的に廃棄物削減・リサイクルに取り組む。
【具体的取り組み】
1.LCAの視点に立った、廃棄物の発生抑制・再利用やリサイクルの促進・処理の容易性等を念頭に置いた製品開発(モデルチェンジ頻度の再検討等)
2.廃棄物の適正処理
3.廃製品の回収・処理システムの構築
4.業際間連携による廃棄物処理技術の開発等による廃棄物の原料化
5.包装の簡素化とリサイクルの推進
6.環境負荷の少ない製品やリサイクル製品の積極購入、等

環境管理システムの構築と環境監査
 環境問題に対する自主的な取り組みと継続的な改善を担保するものとして、環境管理システムを構築し、これを着実に運用するため内部監査を行う。さらに、今秋制定されるISOの環境管理・監査規格は、その策定にあたって日本の経済界が積極的に貢献してきたものであり、製造業・非製造業問わず、有力な手段としてその活用を図る。
【具体的取り組み】
1.社内体制未整備企業における環境管理・監査体制の速やかな導入
(環境問題担当役員任命、環境担当部門設置、内部監査の実施等)
2.ISO規格に沿った環境管理・監査の実施、もしくはそれに準じた取り組み
3.ISOにおける環境ラベル、環境パフォーマンス評価、LCAの国際規格作りへの積極的参画、等

海外事業展開にあたっての環境配慮
 海外生産・開発輸入をはじめ、わが国企業の事業活動の国際的展開は、製造業のみならず金融・物流・サ−ビス等に至るまで、急速に拡大している。経団連地球環境憲章に盛り込まれた「海外事業展開における10の環境配慮事項」遵守はもちろんのこと、海外における事業活動の多様化・増大等に応じた環境配慮に一段と積極的に取り組む。
 最後に、産業人一人一人も「地球市民」であることの重要性と緊要性を再確認し、一市民としても「持続可能な発展」実現に向けてライフスタイルを転換していく決意を表明する。
 なお、経団連ではホームページ上でもこのアピールを紹介し、提案や意見を受け付けている。ホームページ:http:/www.keidanren.or.jp/japanese/policy/pol094.html



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