第15回 ベアーテ ウェーバー(Beate Weber)さん(ドイツ・ハイデルベルク市長)
<プロフィール>
 1943年チェコスロバキア西部の都市、リベレツ(ライヘンベルク)生まれ。ハイデルベルク大学、ハイデルベルク教育大学で学んだ後、約10年間ハイデルベルク国際理解学校の初等部で教員として勤める。75〜85年、ハイデルベルク市議。79年からは欧州議会議員に選ばれ、環境・公衆衛生・消費者保護委員会の副委員長・委員長を務めた。90年10月、ハイデルベルク市長に選出され現在に至る。これまでUNDP(国連開発計画)の「人口・生活の質独立委員会」委員(93〜96年)やHABITATIIドイツ国家委員会委員(95〜96年)なども務めた。


住民は地域のエキスパート 彼らの意見を聞くべきです
環境モデル都市の秘けつ

幸田 環境に関心の高い日本人の間では、ハイデルベルク市は環境のモデル都市として名高いのです。どのようにハイデルベルク市を変革したのか、市長ご自身からお話しを伺うのを楽しみにしてきました。
ウェーバー 市長になる前はEU(欧州連合)議会環境委員会委員長でしたので、もともと「環境派」でした。さらに、環境を明確に打ち出した上で、市民の直接選挙で市長に選ばれたということはドイツでもめずらしいことなのです。
 私は現在、市議会の議長でもあり、行政府の長でもあるので、政治と行政の両面からアプローチができるので、影響を与えうる可能性がより大きいといえるでしょう。
幸田 現在、市長に就任されて7年目になりますね。
ウェーバー 7年目の真ん中です。ですから取り組みの成果が比較的強く現れてきています。
 環境施策を進める上で大切だと考えている原則がいくつかあります。第一の原則は、適切に準備をすることです。
 環境問題というのは、環境の現状の分析ぬきには、解決にむけて進展しているのかどうかを判断するのが大変むずかしいからです。ハイデルベルク市では気候保護についても、そのような方法をとりました。ドイツで有名なハイデルベルク研究所の現状分析をもとに市は行動計画をつくり、1年半ごとにその成果をフォローアップをしています。成功した点と問題点を明らかにすることが大切だと思います。
 このような対策はエネルギー・交通政策などをも通して、学校の子供たちの活動、あるいは建物をつくるギルド(同業者組合)関係者を集めて、建物の省エネ対策について話し合う場を設けるなど、さまざまな活動が広く行われています。周辺の市と一緒に地域気候変動保護庁をつくったりもしました。
 さらに、市役所の分散化なども図り、自動車を利用しなくても市役所に来られるようにしたので、年間76万kmの自動車走行距離の削減に成功しました。これを二酸化炭素(CO2)に換算すると116tの削減です。
 第2の原則は、どのようにして前に進むか、方策をたてることです。地球温暖化のように目に見えない問題は、対策によってどれだけ効果があったのかをはっきりと示すことが必要です。「これだけCO2を削減しました」と明らかにするのです。それによって信頼性もあがり、良い結果につながることになります。市庁舎や私立の幼稚園・学校などで市自体がお手本を示すことが必要です。
 自家用車でなく、公共交通機関を利用してもらうために大きな投資をし、公共交通機関の利用者は過去5年で40%アップしました。お年寄りや子供が利用しやすいよう、バスや路面電車の料金割引制度もとり入れました。会社が従業員のチケット代金の一部を持つように協定を結びました。
 市の場合、2,000以上いる職員のうち、公共交通機関を以前利用していたのは160〜170人程度でしたが、今では1,400人前後になりました。


責任を市民と分かち合う市民参加

ウェーバー 市民参加も私にとっては大きなテーマです。交通政策のプランづくりにも市民に参加してもらいました。例えば、最初は中小の商店は環境派の市民と対立し、子供が安全に通学できるかどうかを心配する親たちと意見が分かれたのですが、2年半の検討を重ねた結果、お互いに歩み寄り合意が得られたのです。この検討会には全員がボランティアで参加することになっていましたが、参加者が80人を下回ったことはありませんでした。それをもとに市議会が交通政策についての決定を下しました。
幸田 どのようにプランづくりに参加する市民を選んだのですか?
ウェーバー この場合は、一般にお知らせを出し、団体・個人を問わずこの問題に関心のある人々に呼び掛けました。環境団体、商工会議所、PTA、商店街、大学などさまざまな分野の団体から一人ずつ、集まったのは116人。このようにいろいろな分野の人々が集まったわけですが、話し合った内容の75〜78%は全員一致、17〜18%は妥協となり、残りの数%のみが意見が分かれ、それについてだけ、市議会で議決されました。
幸田 合意が得られたのはどのような項目でしたか?
ウェーバー 自転車レーンをどこに設置するか、公共交通システムをどのように発展させていくか、路面電車をどこに敷くか、など100以上に上りました。
 このプランづくりは終了しましたが、今はそのプランの「子供たち」のいくつか取り組んでいます。最近、ある親のグループが地域の交通量を減らして欲しいという旨の署名を集めて、私にもってきました。これが新聞等に取り上げられると、商店街は交通量を減らされたら困るということで、反対の署名を集めてもってきたのです。
 そこで、「私はどうすべきなのでしょう」と問いかけました。すると9カ月後、対立し合っていた七つのグループがやってきて、「合意に達しました。これがその案です。これを実行してください」と言うのです。私は本当に驚いたのです。これが市民参加を促した成果です。
幸田 素晴らしいですね。この場合はうまくいったわけですけれど、最悪の場合には「市長は責任を転嫁して何もしなかったじゃないか」と非難されかねなかったかもしれない。ご自身で決定を下さずに、市民にその責任を与え返すというお考えだったんですね。
ウェーバー 住民は自分たちの地域の日常生活のエキスパートであると信じています。彼らの意見を聞くべきだと私は思います。
 廃棄物の削減もハイデルベルクにとっては大きな問題です。市長就任1週間後にこの問題に取り組んだのです。それまでフランスに運び出していた一般廃棄物の「輸出」をやめようとしました。
 自分たちで責任をとるべきだと私は主張しました。そこで、処理手順を変更することにしました。まず廃棄物を回避すること。次にリサイクルのための分別を徹底すること。そして残ったものの処理は、最も安全で環境にとって健全な方法をとること。これによって、家庭から出るゴミの48%を削減できました。
 この問題については啓発キャンペーンを広く展開しました。ゴミ問題だけではないのですが、広報活動はエネルギー問題、気候変動問題などで重要です。地域の新聞や市の広報紙にゴミについても記事を多く載せました。さらに気候変動問題だけを扱う冊子を年に3〜4回発行しています。
 廃棄物についても、どうやって量を減らすのか、どうやったらゴミを出さないで済むかなどの調査レポートも発行しています。このような啓発活動は大変成功しました。
 市民参加のもう一つの例をお話ししましょう。ハイデルベルクはマンハイムなどの周辺の自治体とゴミに関して協力体制をとっています。ハイデルベルクはコンポストゴミの担当で、施設建設に5,000万独マルク(1独マルク=67円、97年9月現在)を投資することになったのです。古い焼却場に新しい施設をつくるというものだったのですが、それまで臭いも音もひどかったと言って、建設予定地周辺の住民は建設に反対していました。そこで、私たちは初期の段階から住民とともに計画を進めることにしたのです。専門家の現地視察などに住民にも参加してもらうようにしました。この手法をとったおかげで、住民からの訴訟、争いごとなどはまったくなく、3年で施設は完成しました。
幸田 日本では考えられないですね。
ウェーバー 信頼を得る努力をし、それに成功しなければできません私たちを信頼できると思ってくれたからできたことです。
 自然の保全では、市民グループやNGOとともにビオトープ保護など幅広い活動をしてきました。BUND(ドイツ環境自然保護連盟)というNGOと協力して市民への啓発活動に力を入れています。大学などの研究機関とも情報を交換しています。


自治体は市民とのパートナーシップを

幸田 日本の産業界ではまだ環境を強く押し進める政策を望んでいるとは思いませんが、、ハイデルベルクではどうですか。
ウェーバー そうでもありません。市は州法に基づいて工業関連の排水・排気の規制監督を管轄していますが、良い関係を保っています。産業界と特に対立したことはありません。
幸田 それは市民への啓発活動産業界への教育活動が功を奏しているからだからだと思いますか。
ウェーバー そんなことはないと思います。ただ、情報を十分に公開して、良い結果を導き出そうという努力の結果だと思います。
幸田 地球温暖化京都会議を控えている日本の自治体へのアドバイスまたはメッセージをお願いします。
ウェーバー 市民との協力は重要です。そして、他の自治体の経験、成功した例と失敗した例の両方から学んで自分の自治体で最も適した方法を選ぶべきでしょう。
(97年6月6日ドイツ・ハイデルベルクにてインタビュー)

インタビューを終えて

 ウェーバーさんによると、ハイデルベルク市は昨年のコンペで参加188都市の中から選ばれて環境首都になったそうです。市民とともに次々と新しい政策に取り組むウェーバーさんは、物腰が柔らかく、優しい、しかし体中からエネルギーが満ちあふれているような、いかにも市民が信頼感をもって気楽に相談できそうな市長さんです。
 環境問題で地方自治体の果たす役割は何かと聞くと、一瞬のためらいもなく、こんな答えが返ってきました。「条例が制定できること、特別な活動や計画に資金を供給できること、市民の議論や行動をリードし支えられること、そして情報を広めることができること」
 私が最も感心したのは、住民参加の手法です。ただ意見を聞くという参加ではなく、問題解決のための知恵や責任を市民と分かち合う形の参加を実践していたからです。日本の住民参加では、行政が立場の異なる市民からそれぞれ別に意見を聞いてとりまとめるというところが多いようです。そうではなくて、さまざまな立場の市民が同席して、行政と一緒に話し合い、解決策を探っていくという構図が、そろそろ日本でも必要になってきているのではないでしょうか。(幸田 シャーミン)



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