第17回 森田 恒幸(もりた つねゆき)さん(国立環境研究所地球環境研究グループ総合研究官)
<プロフィール>
1950年生まれ。75年、東京工大大学院修士課程を修了し、国立公害研究所(現在の国立環境研究所)に入所。環境経済研究室長などを経て、90年より地球環境研究グループ総合研究官。東京工大大学院教授、国連大学高等研究所教授を兼任。工学博士。


温暖化対策は100年間続けなければならないんです

幸田 森田さんはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)ではどんなことに取り組んでいらっしゃるのですか。
森田 今年の2月から、温室効果ガスの排出シナリオづくりに取り組んでいます。シナリオをつくるというのは世の中がどう発展していくかというストーリーを描かないとつくれません。IPCCでは、今後100年間に経済や社会がどう発展していくかというシナリオを描いているのです。


日本政府案にみる政策決定プロセス

幸田 地球温暖化防止京都会議(COP3)に向けた日本政府案が出ました。第一線の研究者としてどのように評価なさいますか。
森田 温室効果ガス排出の削減に向けた第一歩を提案したことは、それなりに評価すべきだと思います。何事もまず一歩を踏み出すことが大切です。ただ、もう少し積極的な目標を打ち出して、リーダーシップを発揮すべきではなかったか。
 われわれの計算では、生活の質や経済活動の水準を上げても、2010年で1990年レベルより日本の二酸化炭素(CO2)の排出量を6〜7%くらいまでは下げられるとみています。わが国の発展のシナリオとCO2削減のシナリオは、実は大筋において一致しているのです。また、政策さえしっかりしていれば、最先端の省エネやリサイクル技術が普及し、新しいビジネスチャンスを創り出します。
 昭和51年(1976年)の自動車排ガス規制のときは、最先端の低公害で効率の良いエンジンが一気に開発され、普及しましたし、フロンガスのときも同じでした。ですから、最先端の技術を念頭において将来のシナリオを描くか、あるいは2〜3番手の技術をにらんで描くかによって大きく違ってくるのです。
幸田 今回はどれにあたると思いますか。
森田 少なくとも、日本の発展のあるべき姿を真剣に議論してつくった案だとは思えません。たぶん、最先端の技術というより、2〜3番手の技術を前提にしているのではないでしょうか。
 「たぶん」と申し上げたのは、政府案の根拠となる数字がオープンにされていないため、正確に論評できないということです。これは「長期エネルギー需給見通し」の策定のときとまったく同じで、エネルギー行政の伝統的なスタイルです。
 地球環境問題という、世界の人びとの利益、あるいは将来の世代の利益が関係する、さらに国民一人ひとりがその気にならないととても解決しない問題に対して、昔ながらの閉ざされた政策決定プロセスが適用されてしまったのが残念です。
幸田 国の政策がそんな風につくられていいのでしょうか。
 開かれた議論と国民参加の合意形成は、環境問題だけでなく、国民生活に大きな影響を及ぼす重要な政策決定に共通して必要なプロセスであるはずです。それをいかにして確立していくか、それが今問われているのだと思うのですが。
森田 今、日本の政策決定プロセスは大きく変わろうとしています。道路政策では道路づくり一辺倒の政策から思い切ったオープンなプロセスを導入しようとしている。また、原子力政策も大きな変革を遂げようとしている。エネルギー行政はこのような変化に対して、鈍感すぎると思います。
幸田 ヨーロッパを取材して、エネルギー政策は新しい時代を迎えていると実感しました。消費者がどういうエネルギー源を使うかということを選択する。例えばスイスでは「グリーンエネルギー」といって水力などによるエネルギーにプレミアムをつけて、ほかのエネルギー源によるものより高く売る市場ができつつあります。日本もこうした動きにもっと注目すべきだと思います。


「経済と環境」をとらえ直す

幸田 ところで、5%という削減率で温暖化の脅威は防げるのでしょうか。
森田 先進国の5%削減は、あくまでも温暖化問題解決の第一歩と考えるべきです。温暖化対策のカギを握るのは発展途上国です。今後、すさまじい勢いでCO2の排出量が増えます。できるだけ早く発展途上国にCO2削減に参加してもらうようお願いするのが京都会議の最も重要な議題となるでしょう。発展途上国がこのゲームに参加するかどうかを見極めるのに、先進国の5%はぎりぎりの数字ですね。
幸田 環境保全と経済発展を両立させるための研究や具体的な取り組みが行われている一方で、環境か経済かのどちらかをとるかという考え方も依然として根強く残っています。
森田 1970年代〜80年代前半まで、環境と経済はほとんど相容れないものとされていました。しかし、環境政策を導入した後をフォローしてみますと、経済は別に落ち込んでいない。むしろ、経済を発展させる方向に作用した。技術の進展、省エネ、公害防止への投資をすると、新しい有効需要が出て新しい産業が成り立つ。そういうところをきちんとおさえた議論がないんですね。
 自動車排ガス規制のときも、今とまったく同じ議論をやっている。世界で使われている経済のモデルのほとんどがそのような有効需要や技術革新をまったくカウントしていない。ですから経済モデルをつくって分析すると、環境対策は後回しにした方がいいという誤った結論になってしまう。
幸田 今の現実を反映していないわけですね。
森田 アメリカの経済学者が言っているように、20〜30年後にそのときの最良の技術で対応すれば安上がりになるというわけにはいかない。その間の温度上昇分は生態系に大きな影響を及ぼすでしょう。それからその間に、当然技術開発の刺激も非常に少ないわけです。放っておけば技術が進歩するというのは歴史的にみて誤りなんです。人間が何かやる気にならないと技術確信なんて絶対に進まない。
 ぼくはそのアメリカの学者に対しては、あなたはどういうインセンティブを与えてその技術を開発させるのか、それがない限り完全に空想の世界だと言っているんです。


モデルは公共財〜開かれた議論の土台づくりに

幸田 IPCCではいくつかのシナリオ(将来像)を描いて私たちに今できることや環境保全と経済発展の両立など、さまざまな選択肢を提案していますよね。
森田 IPCCでは四つのシナリオを用意しようとしています。経済発展と技術至上主義に立脚したシナリオ、そうではないほどほどの経済発展、それから環境と経済がうまく両立できるというシナリオ、また経済よりもう少し環境を大事にしていきましょうというシナリオ。いろんな考え方を用意している。その中でどれを選択するのか、皆さん考えてくれませんかということ、これは非常にいい方法だと思う。
幸田 それが今の日本に欠けているのではないでしょうか。私たちが議論できるよう、そのベースとなる情報や多様な視点の提供ですね。国立環境研究所と名古屋大学が共同でつくったAIMモデルの試算が過大な削減率だという意見が報道されましたが、研究者としてどのようにお考えですか。
森田 モデルという分析ツールに対して大きな誤算があったんだと思います。モデルはオープンな議論を支援するためのものなんです。AIMモデルというのは公共財で、誰もが使える。すでにいろいろな国際機関や外国の政府でも使われている。実は通産省にも使ってもらいたかったんですが・・・。
 われわれはモデルが批判されたとは思っていません。むしろ今の政策決定プロセスでは、こういうモデルを十分に使いこなせませんというメッセージだと受けとめています。これから、少しオープンな政策議論ができるようになればモデルの本当の使い道もご理解いただけると思います。
幸田 アカデミックな議論を始め、公の議論に基づく政策決定が必要だと思うのですが、どうもそのプロセスが欠けているように思えてなりません。
森田 しかも、情報が集まる一部官庁がデータを抱え込んでしまう。これでは国民の英知を結集するチャンスを失ってしまう。


冷静な産業界の受け止め方

幸田 ところで温暖化をめぐり、アメリカでは一時期、科学者の研究成果を疑問視する姿勢が産業界などの一部にみられましたが、日本ではどうですか。変わってきたと思いますか。
森田 米国の研究者と比べて私たちはものすごく恵まれている。米国の研究者というのは正に敵か味方かという目を向けられる。ところが日本の企業の人は大変に冷静でフェアですね。われわれの研究の過程でいつもフランクな議論をしていただいています。最近では、企業から消費者に向けて地球環境保全の提案が数多く出されるようになってきました。大きく変わりつつあると思います。
 それから、炭素税というのは企業全体をやっつけていく税だなどと誤解されています。しかし、炭素税というのは企業活動を救うものだと思います。大きなRV車、3ナンバーの車なんかに乗りたい人には高い税金を払ってもらい、そのお金を企業の省エネ技術の開発や省エネ商品の普及のために使っていく。そのくらいの柔軟な仕掛けをしないと、長続きしないだろうと思います。温暖化対策は100年間続けなければならないんですから。そういうことに対する企業の方の理解は非常にあります。ただ、通産省対環境庁という戦いになりますと、このような冷静な議論は消えてしまいます。
幸田 この問題は政府だけでなく、企業も含め国民が決断しなければならないことですから、そのための材料を提供していただく必要があると思います。政治家の議論もあまり起きているとも思いません。一部の省庁に責任を押しつけるような形で解決しようとするのは無理があると思うのですが。
森田 その発想はいいですね。当たり前のようですが、初めて聞きました。


温暖化には長期的戦略を

幸田 最後になりましたけど、先ほどから森田さんは何度も100年とおっしゃってましたね。ということは100年間一生懸命取り組めば温暖化問題を解決できるとお考えですか。
森田 やはり100年間かかって今の世界のCO2の排出量を4割ぐらいに落とせば、ほぼ安定化するでしょう。国土の使い方さえも大きく改められるのが100年ですからね。長期的な戦略を立てるというのが一番大切だと思います。
幸田 森田さんはできると思いますか。私たちは時間に間に合うと思いますか。
森田 私は人間の英知を信じますね。発展途上国も十分に対応できると思います。
 途上国にとっては対策をやることに短中期的なメリットもあり、CO2を減らすことによって二酸化硫黄(SO2)も減っていきます。地域の公害も解決に向かい、経済成長の基礎もできてくる。
 現在、中国やインドからは最先端の研究者をわれわれの研究所に送ってきています。並々ならぬ期待があるのです。だからそういう意味ではチャンスがある。だけれども中国もインドも先進国が本気かなと模様眺めです。
 これらのアジアの国々との協調をベースにして、世界でリーダーシップを発揮する。これがわが国の環境外交の基本ではないでしょうか
幸田 今日はありがとうございました。
(1997年10月14日東京都内にてインタビュー)

インタビューを終えて

  地球温暖化問題の第一線の研究者である森田さんの話を聞いていて、米国での大学時代に体験したあるテストを思い出しました。
 それは「月日が過ぎて、あなたは今満100歳だとします。0歳のときから100歳間での人生を振り返ってみてください。あなたがしてきたことで、評価できるのは何でしょうか」という設問だったのです。
 自分が100歳まで生きるなどと、一度も考えたことがなかった私は、満足のいく答えが書けなかったのをよく覚えています。
 しかし、世界一の平均寿命を誇る日本の国民一人ひとりにとって、100年という時間の長さは、自分の人生設計と結びついたかなり現実的な期間ではないでしょうか。
 「地球の温暖化の問題は100年間くらいの視野をもって、物事を考える視点が必要だ」と森田さんは言っています。私たちはとかく「自分が生きている間に何かひどいことが起きなければいいや」といった近視眼的な見方に陥りがちですが、自分自身を含め、子供や孫のことを考えれば、100年先というのは、かなり切実な近未来の話なのです。(幸田 シャーミン)



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