第23回 千本 倖生(せんもと さちお)さん(エコパワー(株)取締役会長)
<プロフィール>
慶応義塾大学大学院教授(ベンチャー企業経営論)。風力発電に取り組む環境ベンチャー企業エコ・パワー会長。
 1966年、京都大学卒業後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。84年に第二電電の設立に参加し、副社長時代の94年にDDI東京ポケット電話を設立して社長に就任。96年4月、慶応大学教授に転じた。著書に『ネットワーク型ベンチャー経営論』(ダイヤモンド社)など多数。

エコ・パワー株式会社
 1997年7月、荏原製作所、アサヒビール、東京海上火災、住友銀行などが株主になり設立。資本金は14億4,015万円。沖縄から北海道まで10カ所の風力発電所が稼動している。将来的には太陽光利用を含めたクリーンエネルギーの供給を目指すベンチャー企業として注目されている。


風力発電には巨大な可能性。時代を変えるベンチャービジネスにしたいです
米国のダイナミズムに触れて

幸田 18年間勤めたNTTという大企業を飛び出して、第二電電(DDI)の設立に参画、さらにそこから慶應義塾大学の教授になられたわけですが、ベンチャービジネスに関心を持ったきっかけは何でしょうか。
千本 第二電電をつくったころからアントレプレナシップ(企業家精神)というか、新しいことに挑むことの価値を30代の終わりから40代の初めに知ってしまったということです。自分の選択ではありますが、同時に時の流れということもある。ベンチャービジネスに取り組むことによって筆舌に尽くし難い苦労もしましたが、それ以上の喜びもありました。
幸田 アメリカでは若さが武器になります。日本の場合は逆に若さがマイナスに見られることもあります。千本さんがDDIを設立されたときは38歳という若さでしたが、ビジネス界でそれがプラスと受け止められたのでしょうか
千本 若僧でしたね。無謀なことだったのかもしれませんが、20代でアメリカに行き、ダイナミズムというか1960年代の大企業志向からベンチャー志向の流れに触れることができました。不可能と見えるようなものに確信を持ってチャレンジしていくアメリカの固有の文化・文明、価値観といったものが、パソコン革命という90年以降の大価値転換を引き起こし、今日のアメリカの強大な強さにつながっているのだと思います。
 異人種も広く受け入れるアメリカの底の深さと、新しいビジネスのフロンティアスピリットが融合したアメリカの強さは、あと10年、20年は続くでしょう。これは日本民族が醸成してきたメカニズムというものとはかなり異質なものです。
幸田 去年の地球温暖化防止京都会議では、強力なオイル業界などの反対もあってアメリカが期限内に条約を批准するかどうかという心配がありますが、環境面でもフロンティアスピリットは発揮されるとお考えですか。
千本 あり得ると思います。時にはエキセントリックになって禁酒法を敷いた時もありましたし、禁煙の問題でもそうですが、アメリカという国は非常に振れる幅が大きくて、ある種の極端主義というのはいつもあるわけです。


ベンチャーと教育への挑戦から社会の価値観に触れる

幸田 千本さんの取り組むベンチャービジネスの一つが風力発電になったきっかけは何ですか。
千本 基本的に日本とアメリカの景気の差というのは、本質的・構造的な社会の価値観の差だということに思いがいたりまして、ベンチャービジネスを、経営者として大きな企業にするということではなくて、もう少し違う、社会の価値観に触れるようなことをやってみたいと考えたわけです。
 そして、日本の本質的なリカバリーを図るには教育だということで大学に転じたわけです。私は3年前からアメリカのスタンフォード大学で教えていますが、生きたケースを教えられないところに学生は集まらなくなっている。泥のついた情報、いかにベンチャーというのは苦しんでいるか、資本調達をどのようにしているかといったことを大学で教えてきているわけです。
 大学と産業との間のインターアクションをもっともっと高めなければいけない。大学の中から新しいビジネスコンセプト、アイデアが次から次へとビジネスになって飛び出してくるというメカニズムがスタンフォードにもMIT(マサチューセッツ工科大学)にもあるわけです。それがみんな今日のマルチメディアビジネスのリーディングカンパニーになっているわけです。
 大企業の仕組みの中から出てくるアイデアというのは、世界を変えるようなものにはならない。
幸田 アメリカの大学には自由な発想が生まれる土壌があります。日本の大学は過去のシステムにとらわれがちということですか。
千本 過去の蓄積を大事にすることも必要ですが、同時に新しい新陳代謝された皮膚をつくる部分もあっていいということです。そういうものを全部許容できる社会が強くなると思います。
幸田 日本の企業の場合は、研究所の中でそれをやろうとしているわけですね。
千本 それではだめなんですね。課長がいて部長がいて所長がいて、賢い人たちがいっぱいチェックして、いっぱいダメにしてしまっている。ベンチャーのようなある種の反大企業、反体制、反エスタブリッシュメントが必要なんです。シリコンバレーから、なぜ世界をひっぱるようなきらびやかな企業が出たかと言えば、一つは反体制ですよ。反ワシントン、反ニューヨークですね。
 私が慶応義塾大学に行ったのも、スタンフォードのように大学のキャンパスから自由なアイデアがビジネス化する空気を育成したい、そのうちの一つがエコ・パワーということです。環境保全というものは非常に潜在性の大きなビジネスになるのではないかと気づいたわけです。世の中の仕組み、時代を変えるようなベンチャービジネスにしたいのです。

日本で環境ビジネスは受け入れられるか

幸田 環境はこれからもっと大きいビジネスになると予測されていますか。
千本 2010年ごろになると、環境とマルチメディアが融合してきます。環境と情報がない混ぜになってある種の化学反応を起こして巨大な産業になると思われます。
幸田 昨年の7月にエコ・パワーを設立されたわけですが、業績はいかがですか。
千本 情勢がずいぶん変わってきていますね。昨年12月の京都会議以降、電力会社も環境に対して真正面から向き合わなければいけないと考え始めていますし、同時に電力の自由化という問題も起きています。
幸田 そうですね。大変興味のある問題です。
千本 電力自由化は環境にとってはある意味でネガティブな問題です。自由化によってコスト削減、経済原則だけを追求するということになると、いくら二酸化炭素を出そうが、安い化石燃料で電気をつくろうということになりかねない。しかし、環境というのは、単なる経済競争だけでは勝てない面があります。
幸田 そうですね。環境税でもかけなければ。
千本 安全保障と同じで、ある程度の対価を払うことによって環境を守るということが必要です。風力にしろ太陽熱の利用にしろ、自由化による低コスト化に引っ張られて、われわれが思っていたより安くしか買ってもらえないという動きになっています。世の中の環境に対する配慮は高まっているけれど、環境のベンチャー企業が成長する環境は厳しくなっています。
幸田 デンマークなどでは風力発電のシェアがかなり高いのに、なぜ日本では普及しないのでしょうか。インフラですか。
千本 国家や社会がそのコストを持とうとしているんですよ。炭素税のように。それから消費者の方に選択の自由がありますね。少し高いけれど環境にクリーンな電力を買いたいと思えば消費者が選べるわけです。日本の場合は定食というか、一品メニューしかありませんね。ヨーロッパの場合は国の安全政策と環境が密接に結びついていて、消費者・国民が環境に対して非常にセンシティブですから、今ちょっとぐらい高い電力を買っておく方が良いという意図的な選択を国民も政府もできるわけです。
幸田 エコ・パワーのようなベンチャー企業が儲かってくれないと長続きしませんね。
千本 世界が変わるのは、結局、産業が利益を生み出し、再投資するという形で社会が変わるわけですから、重要な観点です。
 エコ・パワーが成長して、それに対抗する今日総勢力が何十社も生まれてくるというメカニズムをつくっていかなければいけないですね。
幸田 昨年、ドイツのフライブルクの近くにあるシェーナウという町に行きましたが、そこはドイツで初めて市民が電力会社を運営したところなんです。市民たちはエコロジカルなパワーにしたいと考えて、自分たちで組合をつくり、利益が出た場合は次の環境投資にまわすわけですが、市民による運営だからそういうことがしやすい面もあるかもしれません。自由化によるコスト競争が環境にマイナスに働く懸念もありますが、一方でこのようにコミュニティー単位でやっていけば、出た利益は次の環境の投資にまわせるという一つのモデルケースになり得るのではないかと思います。
千本 面白いですね。
幸田 風力発電でも一般の人が投資するようなことにならないのでしょうか。
千本 なりますよ。地域、地域でコミュニティー単位でつくって、投資してもらう。それからもう一つは税制。欧米では、税制で風力発電設備などの償却を早めるような手が講じられていますが、国家のポリシーの問題ですね。例えば、ヨーロッパでは風力発電所ができると、電力会社がそこまで送電線を持ってこなければいけないというようになっています。
幸田 日本は風、太陽、波、地熱と自然エネルギーに恵まれた国という見方もできますよね。風力発電に未来はありますか。
千本 あるある。政府が仕組みを整えれば、風が吹く、太陽が照ることによるポテンシャルとして巨大な可能性がありますよ。
幸田 世界がとびつくような、新しいビジネスの仕組みをぜひつくってください。期待しています。
(1998年4月21日東京都内にてインタビュー)

インタビューを終えて

 「ウィンドウ・オブ・オポチュニティー(チャンスの窓)だったんです。だが、その窓はすぐ閉じてしまう。その一瞬のタイミングをとらえて、すっと入っていったんです」
 静かな物腰の千本さんの目に、その瞬間、情熱がきらりと光ったように見えました。第二電電(DDI)の設立に挑んだ体験を説明した時のことです。
 千本さんのそんなベンチャー精神は、若い時代のアメリカ留学で大きく育まれたようです。アメリカの流儀には、良いところも悪いところもあると思いますが、斬新さを評価する気風は、日本にももう少しほしいところではないでしょうか。
 千本さんのDDI設立は、「可能性」を信じて挑むことの大切さ、賢明さを多くの人びとに教えてくれました。今度は「エコ・パワーを通して、社会の価値観に触れるようなことをやってみたい」と、風力発電に挑む千本さん。
 その成功が、難しい環境・エネルギーに直面している世界の多くの人びとにとって、大きな「ウィンドウ・オブ・オポチュニティー」となることは間違いありません。(幸田 シャーミン)



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