第30回 ダイアン ダマノスキさん(Dianne Dumanoski)(ジャーナリスト、「奪われし未来」共著者)
<プロフィール>
「奪われし未来」は、人間によってつくりだされた大量で様々な種類の化学物質が、人間を含めた自然界に与える底知れぬ影響について警告を発した書で、15の異なる言語に訳され、世界中に大きな反響を呼びました。日本でも「環境ホルモン」が時のキーワードとなり、政府もその対策に向けて取り組みを開始したところです。
 今回このコーナーでは、ナチュラル・ステップ・ジャパンとWWF-Japanの共催により、先月6月都内で開催されたシンポジウム「未来への羅針盤」より、本書の著者ダイアン・ダマノスキさんの講演、および幸田シャーミン司会によるパネルディスカッションの模様を紹介します。


講演「未来への羅針盤」
地球規模の大実験

今日この部屋にいる皆さんは、おそらく身体の中に500を超える化学物質を蓄積していると思いますが、今世紀の初め、私たちのひいおじいさん、ひいおばあさんが生きていた頃は、人間の身体の中にこういったケミカルな薬品をいうのはまったく存在していなかったのです。
 第二次世界大戦後、いわゆる化学の革命が起こりました。それと時を同じくして、人間は身体の中に化学物質を蓄積し始めました。そしてさらに悪いことに、身体の中にたまっているこnの化学物質というのは、私たちの身体を通じて私たちの子供の世代に受け継がれています。そして今まで30年間あるいは40年間の間に、この地球上に生まれてきた子どもたち、赤ちゃんたちはすべて、彼らが子宮の中にいる段階でなんらかの化学物質に暴露されてきました。
 そんなに長い時間がたつのに、いまだにわれわれは毎日驚くような新しい発見をしています。このような化学物質が私たちの子どもたちのさまざまな能力、例えば学習能力、病気と闘う力そして子供をつくる能力というものにいかに大きな影響を与えているかということが、つい最近になってわかってきたわけです。
 ではここで過去5年間にわたって出てきました新しい科学の動向についていくつかご紹介したいと思います。


トレンド1:生態系への予想以上の影響が明らかに〜増える自然界の奇形

まず第一番目のトレンドです。ホルモン攪乱物質というのは、われわれが当初想像していた以上に大きな影響を野生動物ならびに生態系に対して与えているということがわかってきました。
 皆さんの中にもアポプカ湖のワニについては、すでに知っていらっしゃる方が多いと思います。このワニのペニスは非常に発育不全であり、ノーマルなものの3分の1にしか発育していないとされています。最近ギレット氏が新たに行いました研究を見てみますと、このワニの問題、すなわちホルモンの異状ならびに生殖機能の問題というものはアポプカ湖だけにとどまるものではないことがわかってきました。
 また最近イギリスで河川沿いに下水処理場をもつ八つの河川を対象にした研究では、この川にすむ魚の中に驚くほど高い割合でintersexuality(間性、半分オスで半分メス)が起こって居ることが報告されています。これは下水処理場から出てくるホルモン攪乱物質の汚染が原因だと見られています。
 またもう一つの兆候として、カエルの奇形の問題が挙げられます。


トレンド2:広範な身体への影響

 当初われわれが想像していたよりも広範な身体の部分に化学物質が作用している、ホルモン攪乱物質が作用していることが明らかになってきました。女性ホルモンだけでなく、男性ホルモン、そしてあるテストステロン、また例えば脳の発達に非常に重要な役割を持つ甲状腺ホルモン、さらにホルモン以外のさまざまなケミカルメッセンジャーにも作用するということがわかってきました。


トレンド3:低濃度の汚染でも影響

この分野の著名な研究者であるヴォン・サール博士が最近発表したところによると、プラスチックの中によく使われている何種類かの化学物質については、非常に低い濃度であっても有害な影響を及ぼすことがわかってきました。人間が通常摂取している量と等量のレベルのビスフェノールAを与えた場合、ネズミのオスの生殖器の発育に影響が出たということがわかりました。ビスフェノールAを含んだ製品は、私たちの身の回りにたくさんあります。例えば、ポリカーボネイトでできた水差し、食品の缶詰のライニングなどがその例です。
 現在アメリカ政府で、いわゆる安全と言われているレベルよりも、2万5000分の1のレベル、非常に低いレベルでも生殖機能に影響を与えるということが明確になりました。


トレンド4:地球上に広がる汚染の影響〜ミッドウェイ島のアホウドリ、北太平洋のミンククジラ

 新しい研究結果が出るにつれ、今まで予想もしていなかった場所でも、驚くような汚染のレベルがあるということがわかってきました。「奪われし未来」の出版後、アホウドリを対象とした研究も行われました。太平洋の真ん中にあるミッドウェイ島に営巣しているアホウドリの体内にある汚染物質は、例えば五大湖の魚を食べているような鳥の体内の汚染物質の化学組成とほぼ同じであるということが報告されました。またPCB(ポリ塩化ビフェニール)ならびに農薬の一つであるクロルデンの量を、北太平洋に住むミンククジラを対象に調べたところ、1987年から94年にかけてその量が増えていることがわかりました。


トレンド5:明らかにされつつある人間への影響〜男子の出生率の低下、学習能力や集中力へも影響?

アメリカの疾病管理センター(CDC)では、人間の男性生殖器異状について調べています。この調査では、尿道下裂というペニスの先天性異状に的をしぼって調査を行いました。尿道下裂は男性の生殖器が十分にオス化しない、成熟しないということによって発生する異常です。CDCによる分析によれば、アメリカにおいてこの尿道下裂は68年から93年にかけて2倍以上に増えているということがわかりました。現在生まれてくる男の子125人に1人が、この異状を持って生まれてくるといわれています。CDCによると72年以来、日本でも尿道下裂の発症率が2倍に増えていることが報告されています。
 もう一つ人間に関して注目すべき傾向として、毎年生まれてくる男の赤ちゃんと女の赤ちゃんの比率です。人間に関しては、男の赤ちゃんのほうが女の赤ちゃんよりも多少比率が高い(51%)という傾向があります。環境ホルモンに暴露された場合、この比率に影響が出ることがわかりました。イタリアの郊外で発生した非常に大きなダイオキシンの流出事故の後の追跡調査によると、最も汚染のひどかった地域においては、事故の後10年間に生まれてきた男の子の比率が35%にとどまっています。
 また、さまざまな化学物質が子どもたちの知能および行動にどのような影響を与えるかという調査研究もなされています。ジェイコブソン博士の研究結果によると、6年間にわたり五大湖の一つであるミシガン湖で獲れた魚を食べていた母親から生まれた子供については、その学習能力ならびに注意能力に大きな影響が出ていることが報告されました。その後の調査では、最も暴露量の多かった子供たちについては注意力散漫の問題があるという報告がなされています。また読解率が2歳分劣っている確率が2倍に増え、知能指数が低い確率も3倍になっているという結果も出ました。


持続可能な化学産業のあり方

政治の分野でも最近アメリカでさまざまなことが起こりました。まず、研究に対する資金供与が大幅に増えました。
 またEPA(米国環境保護庁)では現行の連邦政府の汚染基準の見直しならびに改訂を進めています。これに伴い、環境ホルモンのような作用を持つさまざまな化学物質の試験ならびに検査をするための新しい方法の開発が進められています。
 われわれは、政府ならびに産業界にさらなる働きかけを行うことにより、現在主流になったこの新しい取り組みが早く進むように働きかけなければなりません。
 また同時に、われわれは大きな全体像も見失ってはなりません。というのも化学物質を一つひとつ取り上げて、それをスクリーニングおよびテストを行い有害性を確認するという作業だけによっては、私が先ほど地球規模の大実験と呼んだ大きな全体像のジレンマを解決することにはならないからです。有害性の有無についてスクリーニングを行えるのは、すでにわれわれが測定している有害性だけについてだからです。
 この問題に関心を持つすべての日本人の方々にお願いしたいのは、政府を動かして、強いリーダーシップを発揮して欲しいということです。今まで挙げられてきた報告を考えると、今までと同じようにビジネスをしていいという結論にはならないことは明らかです。持続可能な化学産業のあり方への移行をこれから考えていかなければなりません。そういう時期に来ていると思います。


パネルディスカッション
「未来への羅針盤」

【コーディネーター】 幸田 シャーミンさん
【パネリスト】 ダイアン・ダマノスキさん

高見 幸子さん
「ナチュラル・チャレンジ」訳者、
ナチュラル・ステップ・ジャパン

吉田 敬史さん
EMS審議委員会SC1小委員長
ナチュラル・ステップ・ジャパン

佐藤 泉さん
弁護士
ナチュラル・ステップ・ジャパン)

村田 幸雄さん
WWF-J自然保護室長


幸田 先ほど、私たちの身体の中には少なくとも500種類以上の人工化学物質が存在しているとおっしゃいました。地球規模や私たちの体内にまで及んでいるこの汚染の問題に、市民として、企業として、行政としてどのように取り組んでいったらいいのか、そこからディスカッションを始めたいと思います。
長期的なビジョンの欠如

佐藤 企業と仕事をする中で、現在の環境法はどうか、今度通った法律はどのようなものかという質問をよく受けます。しかし、日本はこれから将来どういう法律に変わっていくのか、社会システムとして環境問題がどのように変わっていくのかという長期的なビジョンについては、誰もわからないというのが現実だと思います。
 それはなぜかというと、日本の法律をつくるシステムが、非常に国民から離れていて、消費者の素朴な感情、企業の抱えているいろいろな問題を十分把握しないまま、法律が情報不足でできているからです。例えば環境ホルモンについて、予算がついていろいろな研究がされているわけですが、それが将来産業界にどのような影響を与えるか、あるいは私たち国民にどのような影響を与えるかということが見えてこない、という現状があります。私はこれからの世の中のシステムをつくっていく上で、もっと対話が必要だろう、企業だけでなく消費者のニーズ、世界的な消費者のニーズを把握して10年後はこうしようという長期的なビジョンを持つことが必要だと思います。
吉田 日本は化学物質の包括的管理がアメリカに比べても、かなり遅れています。各企業は自分が何を使っているのか、製品の中に何が入っているのか、恐ろしいことに今まで把握できていない。ダマノスキさんが言われるように、環境ホルモンはまだ明確に位置づけられていない非常に不透明な問題で、従来と同じような思想でやっていくと手遅れになるのではないかと思っています。企業の立場からいうと、NGOや社会と連携することにより、企業のミッションを外から変えていく取り組みがこれから必要になると思います。


ゼロリスクとハイリスクの落としどころの決定

村田 今われわれの持つジレンマをもう少し具体的に言いますと、一般の市民としては環境ホルモンの危険があるものはすべて回避してほしい、ゼロリスクにしてほしいということです。一方産業界としては、有害性が証明されるまで待ってほしい、疑わしいというだけで禁止するのは乱暴な話であると言います。
 問題なのは誰もが納得できる方法が得られるまでに非常に長い時間がかかり、いつになるかわからないということです。そこで今得られる不確実な情報だけでもそれを使いながら、何から手をつけるかという優先順位を早急につけるべきだと思います。化学物質の対策については従来、国、業界、研究者などのグループがあって、その中で検討している、市民はそれについて「よきにはからえ」とまったく関知しなかった。データがきちんと出ているものについてはそれでよかったわけですが、はっきりわかっていない問題については、われわれが与えられたゼロリスクからハイリスクまでどこまで認めたらいいのかという部分が化学物質の管理の決定には反映されなければなりません。市民の意見も含めて、総合して意志決定されるそういった枠組みが日本でも早く行われなければならないと思います。
幸田 皆さんのお話をお聞きして、短期的な問題と長期的な問題があるように思います。アメリカでは、どのような環境ホルモン検査の手続きを導入するか、その内容が近々決まるところまで来ている。日本でも今年120億円の補正予算をとって、さまざまな調査研究に乗り出しました。ただ、実際のスクリーニング検査はこれからですから、結果が出るまでにはまだまだ時間がかかります。短期的には、当面、白黒がわからないグレーの間、消費者としてこの問題にどう取り組んでいけばいいのか。また、長期的にはダマノスキさんがおっしゃった、科学と持続可能性の調和の問題があると思います。
ダマノスキ このような問題を目の前にすると、ついつい人間は、いったいどの薬品から調べたらいいかというような細かい対応から始める可能性が高いと思います。同時に見方を大きくすることも大事だと思います。
 まずわれわれ市民としては、企業に対して製品に何が含まれているかを公開するよう語りかけをしていくべきだと思います。市民が一丸となって、どういったものが入っているか教えてくれるよう働きかけをすれば、企業の側からもこの製品は何でできているという情報が出てくるようになります。そうなるとよくないものはなくなっていく可能性があるわけです。
 もう一つ、化学薬品というのは問題があると立証されるまでは、問題がないとされるという前提があります。しかし、次世代にも危機を与えるような非常に大きな有害性の可能性がある場合、有害性が立証されるまでアクションをとらないか、疑問がある段階でアクションをとっていくという予防原則を生かしていくかは、ビジネスの問題ではなく、モラルの問題です。後者の原則を確立するためには環境ホルモンによって懸念が高まっている今がいいチャンスではないかと思います。
幸田 表示の問題、企業秘密などについて、吉田さん、企業の立場としていかがでしょう。
吉田 産業界は確かに企業秘密という理由でよく情報をストップしていることがあると思いますが、考えてみると日本企業は自分の製品の部品に何が使われているかときかれて、企業秘密と答えつつ実は知らないというレベルではないかと思います。。環境ホルモンのような問題は、みんなが影響を受けるわけで、例えば資本家、大企業の人たちの子供もそうした危険にさらされているわけです。そういうことを考えると誰もが市民なので、変えていくことは可能だろうと思います。
高見 スウェーデンの体験からお話したいと思いますが、情報措置原則についてはスウェーデンの企業はすでにこの5年ほど実際に取り入れており、環境の面で先端をいっている企業が増えてきています。そう言いますと日本の方々は経済的にその企業は打撃を受けているのではないかと、経済と環境は絶対に両立しないと思われるかもしれませんが、スウェーデン社会で先端をいっているのは環境に熱心な企業なのです。環境保護団体よりも、そういった企業が環境問題をリードしているのです。それは環境と経済が対立しないとスウェーデン企業が知ったからです。エコロジーによいことはエコノミーにもよい、ですから環境対策が自分の企業の利益になることがわかったわけです。
 環境ホルモンといった問題を教訓にして、新しい未来を開いていこうじゃないか、新しい文化を築こうじゃないかという動きが今スウェーデンに出てきています。目標は非常に遠いのですが、まずその一歩をスウェーデンの社会が、企業が進み始めています。
ダマノスキ 今、出てくる情報は例えば環境ホルモンなど全て暗いものばかりです。しかしここで勇気を持つ必要があると思います。目をそむける、考えないようにするということではなくて、怖いことだからこそよく考えて、知っていく必要があると思います。そこで初めて「誠実な希望」というものが生まれてくると思います。これは単なる楽観主義ではなくて、今われわれが直面している問題をきちんと見ること、勇気を持つということです。これにより将来に向けた建設的な取り組みが始まるのではないかと思います。

インタビューを終えて
 
 小柄で、物腰が柔らかく、優しい声で話すダマノスキさん。しかし、その外見とは対照的に、彼女の発するメッセージは、大きく、深く、そして力強い。 
 「有毒性の有無の検査は大事だが、それだけでは問題をすべて解決できるわけではない。検査できるのはすでにわかっている有害性だけについてだからです」。それを聞いて、私はかつてリーダーシップ論を学んだハーバード大学のハイフェッツ教授の言葉を思い出しました。「人は自分に見える問題しか検証しようとしない」。
 ダマノスキさんは、これまで私たちが認識していなかった環境ホルモン問題に光をあて、人びとの関心を集め、行動を促す重要なきっかけを提供してくれました。人びとの先頭に立って、未知の世界に入り、何が問題で何が問題でないかを見極めようとしてきた彼女だからこそ、まだまだ未解決の重要な問題が多く横たわっていることを実感しているのでしょう。
 20世紀は科学の発達で、非常に便利な社会になりましたが、その反面で極めて急速に環境が悪化した世紀でもありました。地球が危機的な状況に陥らないように、流れを変え、21世紀、さらにその後の世紀へと、より豊かな環境をバトンタッチしていくために、私たちが今しなければならないことは何か---その手がかりを、ダマノスキさんは示してくれているのだと思います。
(幸田 シャーミン)



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