第39回 後藤 敏彦(ごとう としひこ)さん(環境監査研究会代表幹事)
<プロフィール>
1941(昭和16)年愛知県生まれ。64年東京大学法学部卒。大手損害保険会社勤務後、91年環境監査研究会の設立に携わり、翌年から代表幹事を務める。現在、環境報告書ネットワーク代表幹事、滋賀県立大学非常勤講師。 主な著書(共著)に『誰にでもわかる環境管理と監査』(1995年、東京商工会議所編、ダイヤモンド社)、『環境報告書のベンチマーク1999』(1999年、環境監査研究会+GRF)など。

「わが社は環境に対してきちんと取り組んでいる」という提示なしでは、社会の中の存在として認められない

環境報告書〜社会への説明責任(アカウンタビリティ)

幸田 最近、企業から環境報告書がたくさん送られてきます。とくに 今年に入ってから随分増えたなと感じます。環境報告書というのは対外的、対内的、どちらのプライオリティが高いのでしょう。

後藤  1995、6年ごろから急速に広まり、ここ1、2年でさらに質、量ともに伸びています。対外的なものとしてのプライオリティが高いのでしょうが、従業員に対する教育、認識を高めるといった対内的な要素もありますね。 多国籍企業ですと、グループ全体に会社としての方針を理解させるとか、そういう目的もあります。

幸田  何のために企業が作り始めたのか。また環境報告書には何が載るのか。まず、そこからお話いただけますか。

後藤  これが最も難しいところで、もう少し議論があっていいと思いますが、「社会的ニーズに応える」というのが、表向きには一番の理由です。例えば、オランダやデンマークといった北欧の一部の国では法律上の義務になりつつありますが、 やはり環境問題がシビアになってきて、社会の企業に対する目も厳しくなってくる。そうなると、「わが社は環境に対してきちんと取り組んでいる」ということを示していかないと、社会の中の存在として認められないということになります。 企業の中には横並び意識で出しているところもあると思いますが、なぜ出すのかきちんと考えているところと、漠然と出すところでは、質に大きな差が出ます。
 さらに大きな流れで言いますと、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative :GRI)の活動があります。GRIは、環境報告書に関わる世界の団体・個人の集まった国際グループですが、 環境報告書のグローバルスタンダードを目指して、Economy(経済)とEnvironment(環境)とSociety(社会)とを結びつけたSustainability Reportづくりを進めています。そこでは、企業が市民社会の一員として存在していることの意義を外に示すことが求められています。 とくに環境問題に関する社会の関心が高い中で、「わが社は環境に対してこういう方針を立て、こういう取り組みをやっている」という企業の意志を示すことが必要になっています。
 それから企業側のニーズとして、やはりリスクマネジメント的観点がありますね。環境上の問題を起こした時、事後に情報を出して説明しても言い訳ととられます。情報を常時出している方がプラスになります。
 一方、社会の方から見るとアカウンタビリティ(説明責任)という観点があると思います。企業は、人、お金、環境というものを使いながらビジネスをやっているわけで、社会からこのような資源を借りているという考え方があります。 企業のアカウンタビリティは最初は会計説明責任だったんですね。今は会計説明の会計がとれて、単に説明責任と訳されていますか。

幸田  説明だけではないですよね。アカウンタビリティの意味するところは。

後藤  今後はコミュニケーションに行くと思います。環境報告書というのは、そういう社会的な変化という背景があって、環境に関する報告を社会にしていかなければならなくなったわけです。 今のところは情報提供という段階ですが、まず情報の提供がないとコミュニケーションは成り立たないわけです。社会的ニーズ、企業内部のニーズの両方から90年代に環境報告というのが前進し始めて、そのメインが環境報告書です。

幸田  そうしますとISO14000シリーズとの関連はどうなっているのですか。

後藤  ISOも環境報告書も社会の大きな流れの中の現象と考えていいと思います。環境報告というのはいわば外との関係ですが、実はISOの中にも「社会とのコミュニケーション」という要求事項が環境マネジメントの中にあるわけです。 でも、企業の人はまだほとんどわかっていないんですよ。何かあったら苦情を受けつける窓口をつくっておけばいいという発想ではなく、社会とのコミュニケーションを積極的にやっていく必要があります。 環境方針だけ出して、「わが社はちゃんとやっています」で終わるのではなく、「環境会計でこんなコストがかかり、こういうベネフィットがありました」とか、いろいろなものを出していって、コミュニケーションをする。 環境マネジメントは、一方でISOの内部マネジメントとして始まったのですが、一方で外部への環境報告というものとドッキングしつつあります。

まず情報、そこからコミュニケーションへ

幸田  環境報告書は今どのくらい普及しているのですか。

後藤  (財)地球・人間環境フォーラムの行ったアンケートでは、回答の中の3割程度ですね。大企業の回答率が5割程ですから、約200〜300社くらいですが、現在はもう少し増えていると思います。

幸田  国際的に見ると、国によっては報告書の一部義務化が出てきていますが、EU(欧州連合)などでは日本よりも進んでいるのですか。日本はどのくらいの位置にいるのですか。

後藤  スタートが1、2年遅れたかなという感はありますが、最近の日本の横並びブームから考えると、ちょっと日本の方が上かもしれないです。

幸田  環境報告書やISOなどで、日本の情報公開に新しい文化というか、「発表する習慣」が芽生えるきっかけになっているとお感じですか。

後藤  そう思っています。まず情報が出て、そこからコミュニケーションが進んでいくわけです。

幸田  まず発表するようになったことを評価すべきなのかもしれませんね。そして、その数が広がっていくことをエンカレッジする。

後藤  欧米の報告書にも、もちろん良いものがたくさんありますが、日本より低いレベルのものもたくさんあります。日本の企業は取り組み始めたら早いですからね。

幸田 「環境報告書ネットワーク」というNPOはどんな活動をしているのですか。

後藤  私自身は環境監査研究会というNGOをつくり、環境マネジメントと環境監査、環境報告書の研究を8、9年続けてきた者です。昨年6月、環境庁のバックアップもあり「環境報告書ネットワーク」という、 企業と学識経験者とNGOが集まって環境報告書の発展のためのコミュニケーションを推進する組織が発足しました。報告書をどのように作ったらいいか、どんな項目を載せるべきか、どう評価すべきかなどの研究をしています。

幸田  あえてNGOの立場で取り組むのはなぜですか。

後藤 日本ではNGOセクターというのは従来、つくらせない、育てないという社会システムだったのですが、これからは少しずつ変わっていくでしょう。 環境報告書のようなケースであれば出し手と読み手がいて、出す方だけが集まって議論するより、そこにNGOが入って議論する方が良いでしょう。

幸田  会社にもよるでしょうが、報告書作りにはどのくらいの予算が必要なのでしょうか。

後藤  あまりオープンになっていないのですが、個人的に聞いているところでは、人件費を別にして印刷代などで、500〜600万円かけているようです。コンサルタントを使っているところはゼロではないですが、多くは自分のところで努力してやっておられるようです。

幸田  企業はそういう専門家が欲しいのでしょうね。大学でも人材育成をすべきですよね。

後藤 人材育成はできないこともないのですが、ひとつの大学でやるのは難しいかもしれませんね。 日本の企業、とくに大企業の環境部門の方々はレベルが高く、環境報告の質も2年目ぐらいになると非常に上がります。学校の先生が簡単に追いつくようなレベルではないくらい進んでいる企業が多いでしょう。

進化し続ける環境報告書と環境会計

幸田  ところで環境会計というのは、経費や資源の節約にもなりますし、環境のためにどのくらい予算を使っているかを把握できるということですね。
後藤  企業会計には、外部報告としての財務会計と内部統制としての管理会計があります。環境会計もいわゆる内部統制としての環境会計と外部に出すための環境会計があります。 環境会計が何かという定義はまだなく、環境コストと環境ベネフィットだけが環境会計だという考え方もあれば、マテリアルバランスも環境会計だという人もいます。 「環境会計の三層構造」と言われているものですが、中心に貨幣換算されたコスト・ベネフィット、それからもう一つは非貨幣的情報というもので、マテリアルバランスです。 それから記述情報というものが三層構造の一番外にありまして、例えば違反件数等です。罰金額としては会計に載ってきますが、違反件数は会計には載ってきません。
 環境報告書の中には最近いろいろな形で面白い試みがあります。例えば、「環境ホルモンについてわが社はどう考えるか」という意見表明みたいなものもあって、このような記述情報と言われるものも含めて環境会計だという説もあります。
幸田  企業のステートメントまで入ってくると、会計というより環境報告書に近くなるような印象を受けますね。

後藤  そうですね。このあたりは議論が始まったばかりです。内部統制的な環境会計と外部報告の環境会計があるとなると、環境会計的な情報を外に出すということは環境報告の中の一項目になります。 外部に環境報告をするメインのメディアが環境報告書とすると、それに環境会計の情報がきちんと載っていないと、その報告書はレベルが低いという評価になってしまいます。

幸田  さきほどのマテリアルバランスというのは、どれだけ企業が資源を使って、それがどれだけリサイクルされたり捨てられたりしているかというものですね。

後藤  わが社は二酸化炭素をどれだけ出しているとか、マテリアルフローという形で出しているところもあります。

幸田  将来的には、環境報告書を評価するのも環境報告書ネットワークの仕事になりますか。

後藤  環境報告書は、「お化粧したきれいなものしか出していないのではないか」といった見方もありますが、長年にわたり見ている者から言うと、ほんとうに質、量ともに良くなってきています。 評価については、世界的には国連環境計画(UNEP)がランキングしたりしています。いろいろなグループがやると思います。われわれは良いものを表彰するという形でやっています。 私は北欧諸国で法制化したからといって、すぐ日本でも法制化すべきだなどとは思いません。かつての日本なら、お役所が何か決めてくれるまでみんな待っていて、言われた通りにやっていればよかった。 今はそうではなく、自分のところでアイデアを練っていく。例えば環境会計のコスト・ベネフィットだって、コストといっても明確にわかるものとわからないもの、たくさんあるわけです。 ベネフィットに至っては、仮定計算をする部分が結構あるわけで、これは鉛筆を一なめするだけですぐ変わってしまうようなところもあります。  日本で「会計」というとすぐにお金、財務報告のことを思い浮かべますよね。ところが本当の会計というのは、それだけなのか。 今、財務報告だって記述条項が増えてきています。損益計算書と貸借対照表を出していればいいというのではなくて、いかに記述情報を書いていくか。会計というものの認識が少し変わっていかないといけないのかもしれません。

幸田  これからの会計士は、学校でも環境会計を勉強するようになりますか。

後藤  環境会計を学習するのは当然だと思います。ただし、環境報告書の第三者検証といったことは、検証の範囲次第ですが、会計士がやることがいいかどうか、私は若干疑問に思っています。これからの企業を見るには、チームでなければできませんよ。 専門家一人では無理です。
幸田  でも、会計士にもそのマインドを持ってもらう必要があるのではないですか。
後藤  私は会計士がやるのがいいとは必ずしも思っていません。すべての人がマインドを持てばいいんで、会計士と他の人とのチームでいいんじゃないですか。
幸田  例えば企業秘密は環境報告書に載せられないのではないでしょうか。何か環境に良いことをしていても。
後藤  本当の企業秘密は、企業は特許も取らないくらい隠しています。技術革新、資本主義の命ですから。ただ、それ以外の部分を出すのか出さないのかは、そのプラスとマイナスを考えた上での一種の企業戦略というか、決断の問題だと思います。
幸田  企業にとってのプラスはリスクマネジメントやアカウンタビリティ、社会にとっては情報公開という中でキャッチボールをすることにより、良い方向に向かうのでしょうね。
後藤  コミュニケーションが進めば、その中からいろいろ生まれるわけです。企業が取り組んでいることを知った人はそれなりに評価もします。 逆に企業が自分の取り組みが不十分と思えばさらに力を入れます。コミュニケーションが進めば、いろいろな意味で環境は必ず良くなると思っています。まずベースになる情報がなければ、コミュニケーションのスタートにも立てません。
幸田  これは一過性のブームではなくて、定着していくと思われますか。
後藤  そうだと思います。低迷の続く景気の中でも、環境報告書の数はすごい勢いで増えていますしね。
幸田  楽しみですね。どんどん広がってほしいです。ただ、日本はアメリカ同様、飽きるのも早い。飛びついてやめたなんてことにはならないでほしいですね。  後藤さんが、これから一番なさりたいことは何ですか。
後藤  日本の社会がパートナーシップ社会になるために、NGOセクターが健全に育っていく。その中の一員でありたいなと思います。
幸田  ありがとうございました。
(1999年7月21日東京都内にてインタビュー)



環境報告書ネットワークとは

 環境報告書ネットワーク(Network for Environmental Reporting、通称NER)は、環境報告書の普及と質の向上を目的に1998年6月に発足したNGO。 環境報告書等をめぐる国内外の情報収集や環境報告書のあり方に関する研究等を進める一方、環境報告書に関する最新の情報を提供するため、定例会やシンポジウムの開催などにも取り組んでいる。 99年8月現在の会員数はおよそ300で、企業や団体、地方自治体、学識経験者がメンバーとなっている。ネットワークの運営は幹事会が行い、 幹事のうち4名(稲岡稔・イトーヨーカ堂、後藤敏彦・環境監査研究会、山口耕二・日本電気、山本良一・東京大学生産技術研究所)が代表幹事となっている。 なお、ネットワーク活動の活性化と拡充を目指して今年8月から事務局は(財)地球・人間環境フォーラムに置かれている。


インタビューを終えて  

企業と社会の間に、「環境」を媒介とした新たなコミュニケーションの文化が生まれようとしている――

 後藤さんとのインタビューで、企業の間にコマーシャルなどで商品の価値やイメージをアピールするだけでなく、環境報告書などを通して、企業の考え方や環境面での具体的な取り組みなどを公表する動きが広がっていることを確認して、そう思いました。
 私自身、よく知っている自動車メーカーの環境報告書を見て、「こんなにいろいろな面で環境に配慮していたのか」と驚いた経験もあったせいかもしれません。
 これまで消費者は、企業の商品やサービスについてはある程度の知識や情報を持っていても、企業そのものやその経営姿勢については、あまりよく知らなかったというのが実情でしょう。
 しかし、グローバリズムが進むこれからの21世紀は、情報公開が大きな課題。経営内容も、環境対策も、極力オープンにすることによって、 初めて消費者の信頼を確保し、同時に企業自身の規律と競争力を高めることができる。そんな時代になるのではないでしょうか。
(幸田 シャーミン)



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