第43回 住 明正(すみ あきまさ)さん(東京大学気候システム研究センター長・教授)
<プロフィール>
東京大学気候システム研究センター長・教授。1971年東京大学理学部物理学科卒業。東京管区気象台、気象庁予報部電算室、ハワイ大学気象学教室助手などを経て、85年東京大学理学部助教授に就任、後に現職。『熱帯大気・海洋系の相互作用の研究』で藤原賞受賞。著書に『気候はどう決まるか』(岩波書店)、編著書に『岩波講座 地球惑星科学』などがある。


予測が不確実だから何もできないというのは嘘
何もしたくないから不確実性を口実にしている
精度上がる気候予測研究

幸田 気候システム研究センターのお仕事は温暖化とも大きく関係すると思いますが、今取り組んでいらっしゃる研究内容について教えていただけますか。
 一つには、気候予測の精度を上げることは非常に大事だと思っています。ですから気候予測モデルの開発・改良をしています。僕らが考えているモデルは、今までの気候に関する知識の集大成ですが、一方で、われわれは今の気候システムについて知らないことがまだまだ多いという謙虚さも持つべきだと思います。 
 自然というのはまだすべてを見せていないわけですね。今までの気候システムのふるまいの中の秘密は解明していきたいと思っています。戦後、1950年代から今まで50年分のデータがたまってきましたし、データが増えるほどいろいろなことがわかってきます。温暖化の問題は今起きていると、万人が納得する形で証明できているわけではありません。むしろ科学に基づく推論によって、将来深刻な問題が引き起こされるであろうという問題です。
幸田 そこなんですが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第二次報告書(1995年)では「さまざまの証拠から、人為的影響なくして最近の温度上昇は説明できない」と言っていますね。ということは「温暖化は起きている」と解釈してしまうのですが。
 最近、非常に暖かいのは確かなんですが、1920年代にも、スタインベックの『怒りの葡萄』に出てくるような、アメリカ中西部が乾燥した高温化時代というのがあります。そのぐらいのことは自然変動でも起こり得ます。 
 従来の科学が教えているパラダイムにのっとって、温暖化されたことが証明されたという結論は、今は出せないと思います。だけどいろいろなことから考えると、否定はしきれないということです。温暖化が人間界に起きていないとは、多くの理由から考えれば支持できないけれども、まだまだ知らないことがあるし、完全にそうだと言いきれるほどの材料はない。
幸田 住さんのお立場では、温暖化は起きている、起きていない、どちらですか。
 僕はある程度起きていると思いますよ。ですがそれは個人的な感覚というもので、長くつちかったニュートン力学以来の厳密科学のドグマも一方にある。そういうセンスでもし言えば、完全に証明されているとは言えないと思います。
幸田 厳密科学の重しというのでしょうか。しょっていらっしゃるものは大変なのですね。
 例えば、オカルト科学というものがいっぱいあるわけですよ。しかし、科学の倫理というのは、繰り返しやってみて同じことが起きるという具体的な事実や論理的な証明がない限りは“大言壮語”を言わないということだと思います。本来サイエンスというのは、論理的に現象を考えることを勧めているわけで、そのための認識体系だから、そういう点では僕は従来の科学の倫理を守るべきだと思います。
 しかし、そのことが行動の妨げにはならないと思っています。あくまでも大事なことは、予測が不確実だから何もできないというのはまったく嘘で、それは何もしたくないから不確実性を口実にしているのです。例えば、人間社会だって確実なことは一つもないでしょう。全部不確実です。でも毎日、行動しています。やはり、どういう世界観、価値観を持っているかで決まるわけです。
幸田 IPCCのこれまでの報告も、水平格子間隔が500km、鉛直が2〜4層の荒いモデルだったということですが、今後の気候モデルの精度向上の見通しはどのようなものですか。
 地球シミュレーター計画というのに私も関わっていますが、一つの極限のプロジェクトだと思います。現在、天気予報で使われている水平格子間隔50kmくらいの大気モデルで温暖化の予測もしようと考えています。100年後の信頼できる予測のためには計算時間が10年かかってもいいんですよ。世界の中でどこか一つはやらなくてはいけない仕事だと思います。 日米間では、次世代型の高速計算機の開発をめぐって大競争が起きてます。日本では年2後ぐらいにスタートしたいと考えています。


温暖化をめぐる議論の問題点

幸田 私たち市民の立場からすると、科学的な情報の裏付けがほしいわけです。自分たちにはない知識ですから。まず、専門家がどう思っているか。そのあとは価値観の問題になりますけれどね。おおよそ危ないということなのかどうか。
 まず温暖化していくのは間違いない。ただし、100年後の地球の平均気温が3。Cプラスマイナス1.5というのは大き過ぎます。さらに温暖化自体、なぜ悪いかということがポイントなんです。この世に国境がなくて、土地がいっぱい余っていれば、人間が動けばいいんです。歴史を見ると大きな気候変動があると民族大移動が起きています。
幸田 でもそれは今、現実的ではないですよね。混乱も起きますし。
 問題は夏が暑くなってバタバタ人が死ぬとかそういうことはないんです。エネルギーと水がちゃんとあれば2。Cくらい上がったってなんのことはない。
幸田 日本はどうですか。
 日本が自分だけよければいいという状況ならともかく、日本は世界の国々との協調なくしては生活できないということを自覚すべきです。
 平均気温が1。Cくらい上がるといろいろな影響が出てくると思います。必ず弱いところにしわ寄せが来ます。しかし、1。C上がるくらいでは、正しく社会で対処していけば僕の考えではしのげると思っています。
幸田 それは人間にとって、地球全体にとってですか?
 地球全体にとって。だから今の持続的な発展プランというのは、現状の倍のCO2、せいぜい650ppmくらいで定常化しようというコンセプトです。そこで安定になるように対応しないと間に合わないわけです。ただ安定にするための取り組みは実行可能な案でないと意味がない。温暖化の議論は多くの人が不安になるようなことを言い過ぎているということが問題です。ちゃんとこういう風にやっていけば具体的な展望が開けて、みんながある程度幸せにいきますよということを示さないといけない。
 われわれは地球の上で複雑な気候のもとに住んでいるのだから、科学が示している答えを考えれば、節約しなさいということです。非論理的ではなくて、非常に論理的にみんなで節約していけば地球のためになるのだからやりましょうということなのです。そういう意味で「温暖化する」というモデルの結果を使うべきなのです。
幸田 生態系にとってはどうですか?
 急に生物がバタバタと死ぬことはありません。生態系の変化は競争によって起きますし、ある種の絶滅は生態系の物理の中に組み込まれていると考えています。


社会全体の合意形
成と科学者の役割

幸田 住さんは「無理なくできる範囲で行動していけばよい」とおっしゃっていますが、緊急性がないという意味ではないんですね。
 そうです。国際政治のオプションの中にはいろいろあって、なかなか言いにくい部分があるけれども、理性でちゃんとしようとすれば、たぶん手間ひまはかかるでしょう。長く時間をかけないと具体的な実行計画に齟齬(そご)が出る。結局これはみんなが本当に理解しないとだめなんです。そのために僕は、これは非常に手間ひまかかるプロジェクトだと言っているのです。逆に目の前に火がついたら合意なんてできないですよ。結局動乱期になれば、他人など蹴飛ばして自分だけが助かろうとする。僕が言っているのは、みんながまだゆとりがあって、理性的に考えられるうちに合意形成をしていかなければならない。それには30年程度かかるでしょうと。
 時間をかけないと新たな管理型社会になる恐れがあるのも理由の一つです。だからもっと多くの人が自由に個性的にふるまってかつ全体として共生的なシステムづくりをしていくことが必要です。そのためには相当いろいろなものを変えていく必要があると思います。そういう場合に、「もう間に合わないからこれで行きます」と政府が言えば、「それは嘘だ」と反論が出ます。もっと時間をかけて議論していこうということです。
幸田 それは、科学者の仕事を超えた、私たち市民も含め社会全体で取り組んでいかなくてはならない部分ですよね。ではこれからの科学者の果たす役割というのは。
 今の科学の状況をもう少しみんなに話すことが必要だと思います。不確実な社会にわれわれは住んでいるので、イエスかノーか言えない問題が山ほど出てくるのです。例えば遺伝子組み換えの食べ物もそうです。科学に頼るというのは、「イエスと言ってほしい」という人問の弱さです。食品添加物なんて使わない道はあるんです。そのかわりすごく生活は不便になります。科学の出せる結論は、「AならばB」であって、決して[バラ色の未来]ではないのです。そういう条件を明確にすることが科学者の責任だと思います。
幸田 住さんはいろいろな角度から温暖化を研究していらっしゃいますが、将来の世代に対して明るい展望を持っていますか。
 アメリカと、ヨーロッパと日本には大きな差があって、ヨーロッパと日本というのは基本的には伝統社会に生きているんです。アメリカは人工社会です。アメリカは人間の可能性にかけて社会をつくっていこうというロジックですよね。だから自由がある。
 伝統社会はそうではなく、そもそも縛りがあってそれに従っていきましょうということです。若い世代がその差をどう見ているか。今の若い人たちはインターネットなどを通じて同じような危機、時代を経験していますから、グローバルに意思疎通ができる可能性があると思います。私は明るいと思っています。
幸田 ありがとうございました。(2000年1月24日東京都内にてインタビュー)

インタビューを終えて

 とかく私たちは、難しい問題は専門家にお任せという姿勢になりがちです。しかし、専門家が確たる解答を出せない問題には、どうしたらいいのでしょう。
 住先生は、その点を鋭く指摘されているのだと思いました。専門家に対しての過度の依存状態を続けることは、実は問題からの逃避でしかありません。
 科学的にはっきりしているデータに基づいて判断することは大事ですが、不確実な問題があることも受け入れ、ではどうしたらいいかという対応策を、私たち一人ひとりが真剣に考え、協議して決めていかなければいけないということでしょう。
 私が学んだハーバード大学リーダーシップ論の教授は、人間が逃避せずに問題に取り組むには、「圧力釜」の中に入るような、適度のストレスが必要だと指摘しています。その適度というのが難しい。ストレスが長期にわたって続くと、無力感に陥り、創造的に動けなくなってしまう。しかし、ストレスを感じないと、真剣に問題と向き合おうとしない。
 温暖化の問題に対して不安を感じすぎる必要はないという住先生の見解は、温暖化の深刻さを指摘するニュースが渦巻く中では、希望を与えるものだと言えるでしょう。
 その意味はもちろん、もう安心だからと寝そべっていいということではなく、「今からでも間に合う。だからしっかり取り組もう」と、とらえるべきだと思います。(幸田 シャーミン)



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