第48回 植田 和弘さん(京都大学大学院経済学研究科教授)
<プロフィール>
植田 和弘さん(うえた・かずひろ)
1952年香川県生まれ。1975年京都大学工学部卒業、1981年大阪大学大学院博士課程修了後、京都大学経済研究所助手、同大学経済学部教授を経て、1997年より現職。生活環境審議会委員(1995年〜)、中央環境審議会専門委員(1997年〜)なども務める。著書に『環境と経済を考える』(岩波書店、1998年)、『環境経済学への招待』(丸善ライブラリー、1998年)など。
大量廃棄社会から循環型社会への移行
現状は大量廃棄、ぼちぼちリサイクル
幸田 容器包装リサイクル法については、企業に比べ自治体の負担の方が重い、PETボトルは再生利用が追いつかない、容器包装そのものを減らす経済的なインセンティブが足りないなどさまざまな問題点が指摘されていますね。
植田 20数年前、自治体のゴミ行政は「焼却率が100%になった」というのが「一番進んでいる」証拠だった。厚生省が市町村のゴミ行政を把握する指標が焼却率でした。今はさすがに「減量化率・再資源化率」になっています。 そういう点からも大量に廃棄物が出ることを前提にする社会の欠陥が明らかになった。遅ればせながら、「大量廃棄社会から循環型社会への移行」というパラダイムの転換について国民的共通認識が出てきている。今起こっている問題は、パラダイムの転換が始まり出したことによって起きているということは確認しておく必要があると思います。 そこで課題は、どのように、どんな循環型社会をつくるのかという問題が具体的に出てきたということですね。例えばリサイクル。これは容器包装リサイクル法を実施して、初めてわかってき部分があると思う。リサイクル自体はそれなりに進んではいるけれども、それをはるかに上回る生産量の増加があって、それが即、大量に廃棄されている。そういう意味で、私は今の状況を「大量廃棄、ぼちぼちリサイクル」と言っているわけです。 仕組みの問題ではドイツとの対比が一つの尺度になります。ドイツの場合、私は「自己責任型」と呼んでいますが、事業者が出資して自分たちのつくったシステムで集める。対して日本の場合は、分別排出された容器、包装物を自治体が税で集める仕組みになっている。もう一つは、ドイツでは自分で集めて再生利用に回す。しかもその目標値(編集部注:例えばガラスについては75%)が与えられていますので、儲からなくても、とにかくリサイクルを進める義務があります。日本の場合は、再商品化できる容量を超えて分別収集が進んだ場合、事業者にすべてを再商品化する義務はありません。
幸田 以前、ドイツの環境省を取材したときに、事業者のProduct Responsibility(製造物に対するリサイクルや処理を含む責任)や、Take-back obligation(引き取り義務)が明確に打ち出されていると思いましたが、日本の場合、今のお話のように、必ずしも明確でない部分がありますね。
植田 なぜそうなったかという原因の一つには発想の違いがあります。ドイツの発想は「世の中の流れ全体が循環型へ行くわけだから、早めにそういう社会をつくって、そこで新しい技術が出てくれば産業の発展につながる」とポジティブな発想で考えている。けれども、日本の場合は事業者の負担が大きくなるという側面が強調された。もう一つは、自治体が「仕事を確保する」という面もあったでしょう。
幸田 またドイツや欧州では、いろいろな経済的手法がとられているようですね。
環境倫理的行為を社会が評価する仕組みを
植田 ドイツは製造者責任にもとづく強制リサイクルです。しかし、やり方はいろいろ工夫していいですよという仕組み。その上で経済的手法を導入している。いわゆる環境税・課徴金というものを導入している国についての調査リストを見ると、北欧が上位で、次にドイツが来て、日本は一番下です。まったくないに等しい。 日本はどちらかというと環境倫理的な発想で、がんばってやれ、無理してでもやれ、高くても買えとなってしまう。しかし社会が環境倫理的行為を評価する仕組みになっている方が合理性がある。例えばフィンランドなどでは、使い捨て容器に1個あたり20円くらい課税
されます。
幸田 それはわかりやすい制度ですね。
植田 使い捨て容器を買おうと思えば買えますが、社会は使い捨て容器に対してはこれだけ取りますよ、とはっきりさせている。 ドイツの場合にもデポジットがかなり入っている。基本的にはちゃんと空容器を戻す行為、つまり環境倫理的な行為、環境のことを考えてやろうという行為を税が支えるわけです。環境税というのは効率性のためにかけるという意味もありますが、同時に環境倫理的な行為を社会は評価し、支えるということです。そして環境に悪い行為からは税をとると社会が意思表示することです。
幸田 例えば、PETボトルのようなワンウエイ容器と、びんのようなリターナブル容器とでは、社会が負担するコストは異なりますね。コスト負担の公平性のためにはどうしたらいいとお考えですか。
植田 いろんなやり方があると思います。使い捨て容器がすごく増えて困るというのなら、「もうやめてしまえ」というシンプルな答えで、デンマークではビールと清涼飲料だけですが、再充てん可能な容器でしか売ることができません。 日本ではあまりにも使い捨て型の大量生産・大量消費になっているため、すごい廃棄物の量になっている。大量廃棄はダメだという仕組みにすれば、使い捨て型ではない容器が必ず出てくる。しかし、大量に廃棄物が出ることを、今まで自治体が全部背負い込むという形でずっと認めてきてしまっている。 デンマークの人もビールを飲まないわけではなくて、むしろよく飲む方です。ですけど、ほとんどのビールはリターナブルびんで、PETボトルもリターナブルで何十回も利用している。日本の場合は、PETボトルは使い捨てだと思い込んでしまっているようなところがあって、それを無理してリサイクルし始めると、「リサイクルしてはいけない」みたいな議論が出てしまう。
 それから、フィンランドは使い捨て容器の禁止はしていないが課税という格好をとっている。またドイツのような仕組みもあります。そうすると、どの仕組みが良いかという問題が起こってくるわけです。これは一律にはちょっと決めがたい。
 日本の場合、最大の問題点は、いろんな選択肢を国民の前に提示して、それを議論して、良いものを選ぶという手続きがないことです。いくつかのシステムを何回もみんなで議論してより良いシステムを選んでいくプロセスをつくれるかどうかが、重要な点ではないかと思うんですけどね
幸田 企業に対して重荷になりすぎないようにという考えがあったのかもしれませんが、システムとして見直しが必要な部分は、例えば1年後ぐらいをめどに取り組んでいくのでしょうか。
植田 法律というのは、「本来こうあるべきだ」と思ってもなかなかそうならない。だから一度できた法律についても、問題が生じる度に良くしていく。そういうプロセスを法律としても組み込まないといけないんですね。容器包装リサイクル法は10年で見直しということだったんですが、先の国会でできるだけ早く見直すということになりました。
消費者の評価能力も問われている
幸田 びん再使用ネットワークの試算では、各地の生協が取り組んでいるびんのリユースシステムにより、5年間で約6億円の行政回収処理コストを削減できたとしています。このような仕組みをさらに普及促進させる可能性はないのでしょうか。
植田 リユースの仕組みを入れようとする生産者がいたとしたら、それを応援する消費者がいるというのが前提です。それがうまくいけば自治体もサポートするし国もサポートする。ドイツのように容器を規格化するのも合理的ですね。
幸田 容器の規格化については、個性や創造性が制限されてしまうとおっしゃる方もいますが。
植田 容器で売ってはダメ、中身で売れということです。やはり消費者がそういう観点で評価する能力を問われていると思います。
幸田 デポジットのような取り組みは国の法律が必要なのでしょうか。それとも自治体レベルでできることですか。
植田 地方分権化の一番の意義というのは、地方で権限を持つ政府がたくさんできるということです。一つの政府が何か間違いをやってしまいますとその影響が大きくなります。何千もあれば、そのうちの一つとか二つの政府が実験して、うまくいけば広げたらいい。アメリカでは各州がそれぞれ異なったデポジットを導入した時期があります。その時、業界からは「全国一律でやってくれ」という意見が出たことがあります。
 ある町ですごくやる気のある住民がたくさんいて、首長さんも議員さんも一生懸命やるところが社会実験として環境にやさしいまちづくりを本格的に始める。ひょっとしたら失敗するかもしれない。しかし、それはそこの住民と政府がやったことですから、自分たちで責任を取れるはずです。
幸田 法的には自治体の権限でできるわけですよね。
植田 デポジットを条例でやろうということになれば議論になると思います。同時に、例えば一定の経済圏、関東知事会などのスケールでやれば可能性がある。そういう動きが欲しいですね。(2000年7月7日東京都内にてインタビュー)
インタビューを終えて
 「大量廃棄、ぼちぼちリサイクル」―― 植田先生のこの言葉は、日本のゴミとリサイクルの現状を見事に言い表しているのではないでしょうか。 循環型社会への移行期だから仕方がないという面もあるでしょうが、見逃せない、いくつかの問題点もあるように思いました。 3年前にスタートした容器包装リサイクル法は、今年度からプラスチックや紙製の容器包装材の分別収集・リサイクルの義務化が加わり、「完全施行」となりました。しかし、市町村の収集や保管費用の負担の大きさや、実施するかどうかが自治体の選択に任されていることなどもあって、まだ体制の整わないところが数多くあるようです。植田先生がおっしゃったように、「再商品化できる容量を超えて分別収集が進んだ場合、事業者は再商品化する義務がない」というのは問題ですね。大量廃棄を事前に防ぐ仕組みの導入や、企業の拡大生産者責任の明確化なども検討する必要があるかもしれません。 法律ができたことは、循環型社会に向けての大きな第一歩。ただそれに安住するのではなく、さらに前に進んでいかないと、いつまでも不満足な「移行期」が続いてしまうことになりかねないでしょう。(幸田 シャーミン)




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