第49回 高橋 一馬さん(緑のサヘル代表)
<プロフィール>

1947年(昭和22年)新潟県生まれ。76年東京農業大学農学部卒業後、フランスで農業研修、ソマリアでの難民救済活動、マリでの植林活動などを経て、91年にNGO「緑のサヘル」を立ち上げる。現在、チャド、ブルキナ・ファソで活動を展開している。
砂漠化防止に重要なことはお腹をいっぱいにする方法を探ること
飢餓をなくすための農業生産が原点
幸田 現在、緑のサヘルはチャドやブルキナ・ファソで活動していらっしゃいますが、アフリカを活動の場に選ばれたのは何がきっかけとなったのです
か。
高橋 子供のころにインドで餓死者が出たという記事を読んだことが、そもそものきっかけなんです。なんであのあったかい大きな国で食べ物がなくなるのか、よくわからなかった。調べていくと、どうもそこにはカースト制とか識字率の問題、農業技術が低いために十分な食料が得られなくて飢えていく人がたくさん出たことを知ったときに、世界の人びとに食料を提供するというのはひょっとしたら一番尊い職業かなと思ったんです。
幸田 それは何歳の時ですか?
高橋 17歳くらいですね。食料問題と人口問題が私にとって一番最初のきっかけだったんです。食料を生産していくには、出身地の新潟の田舎でやるのがいいのか、あるいはほかでやるのがいいのかを考えて、候補地を3ヵ所選んだ。アマゾン川流域、ボルネオ、それからアフリカのジャングル地帯。
幸田 すごいですね。新潟から遠く離れた暑いところばかりですね。
高橋 植物がよく育つという条件を考えたら、まず土地、その次に水、それからあったかいところ、つまり温度が必要。これを満足させるところはその三つだろうと自分で思いこんだ。なかでもアフリカのジャングル地帯に可能性があると思いこんだんですね。
 次に、アフリカの砂漠といえども必ずしも今のような状態ではなかったということがわかったんですね。昔、サハラ砂漠にも農耕があり、森があったという。農業生産をしようと熱帯雨林地帯を想定していたんだけれど、徐々に乾燥地帯に意識が移っていった。そこで、以前は森だった場所が砂漠になっていくのであれば、昔の緑の状態に戻せるのではないかと、大それたことを夢見た。疑いもしなかったんですね。
砂漠化は人災
幸田 砂漠化は天災ですか、人災なのですか。
高橋 両方でしょうね。大きな地球の歴史という意味からいえば、自然現象といわざるを得ない部分もある。けれども近年いわれている砂漠化はまさに人災といってもいいようなところがあります。薪が必要になるために木を切るとか、食料の生産のために開墾して農耕をしてきたこと、牧畜業を発展させようと家畜を増やすとか、こういう意味では人災なんですよね。けれども、その背景には貧困がある。それからもっと大きいかもしれないけれども、貨幣経済や市場経済がアフリカ奥地まで浸透してしまったことも大きな要因だと思いますね。
幸田 今、緑のサヘルが一番力を入れているのはどのようなプロジェクトですか?
高橋 土地が裸ではいけないということなんですよ。裸にならないような方法ということで、私たちは三つのポイントを挙げたんです。どんどん減っていく緑を減らさないようにしようということ。とくに熱効率のいい改良カマドの普及が効果的です。次にもっと積極的に緑を増やすために植林をしていく。
それから最後に最も大きいかもしれないけれど、現地の人たちにとっては砂漠化防止が重要なことがわかっていながらも、食べることが先なんです。生活改善を含めて、お腹をいっぱいにする方法を探ることが重要です。
幸田 地元の人たちと、意識やニーズの違いなどの問題はあるのですか。
高橋 私たちが活動しているブルキナ・ファソのタカバング村という小さな村のリーダーは非常に目覚めた、立派な人で、今から30年以上前、森がどんどん減り始めている頃から彼はすでに警鐘を鳴らしていた。「このままだとこの地域はだめになる」ということをいって、なんとかこの地域を守っていこうじゃないかということを提唱するんですね。
 一定区域を農耕禁止、それから伐採も止めましょうと村の人たちを説得した。今ではその他の地域にはもうほとんど緑がないんだけれども、そこだけ残っている。植物が残るばかりではなくて、小さいけれどもノウサギやカモシカ、あるいは鳥が飛んできたり、動物の種の多様性の保全にも貢献している。
 そういう動きがこの村に30数年前に始まっているということが私にはすごく驚きだったんです。アフリカの人たちは知らなかったということではなくて、先見性を持った人たちが、遅々としてではあったけれども今までやってきている。逆にわれわれはあまりにもこういうことを知らなさすぎたと反省しているんです。チャドでもここ2〜3年前から植生保護区として開発禁止区域を設ける村が増えてきましたよ。
技術大国・日本が貢献できること
幸田 地元の人びとに喜んでもらえる協力をしていく上で、例えば日本政府は砂漠化防止の分野でどのような貢献ができるとお考えですか。
高橋 もちろん資金的な支援が一番だと思うんです。だけど、私はずっと現場でやってきて思うんだけれども、日本はこれだけの技術大国なんですから、いかに木を切らずにすむかというエネルギーの問題、とくに改良カマドなどは可能性が大きいのではないでしょうか。薪や炭を得る行為が砂漠化を引き起こしている大きな要因の一つですから。私たちが取り入れた熱効率のいい改良カマドで薪の使用量をこれまでの半分くらいに抑えられる。
 それに加えてサヘル地域で最も豊富な太陽エネルギーを活用する方法を具体化することも大切ですね。日本では計算機や腕時計などけっこうソーラーが使われているように、この分野でも非常に高い技術を持っている。それをもう少し現地に合うようなレベルの技術にして、現地に普及するようなことは重要だと思います。
幸田 そういう技術を移転して、工場をつくり、現地の人びとが自ら生産できるようにするのはどうなのでしょうか。輸入するのではなく、職場も提供できますね。
高橋 ええ、そういうところを日本政府が支援することは考えられます。研究開発の分野は大学などの研究機関が、実際に現場で普及するのは例えばNGOでもいいのです。
 砂漠化対処条約の中でも、科学技術部会で伝統技術の見直しや、あるいは先端技術とのコンビネーションということをいうんだけれども、こういう具体的な問題になかなか入ってこないんですよね。
地域の自立と緑の復活
幸田 これから国際環境協力を目指そうとしている若者にアドバイスはありますか。
高橋 あんまり恐れることはない。思いっきり飛びこんでみると意外になんとかなる。けっこうそういう人が増えましたよ。今までは、僕なんかもそうだけれども世の中の変わり者がこんなことやっていると思われてきましたが、今は変わり者でない、一般の人が来るようになった。しかも若い女性が応募してくれるのは、すごくうれしいことですよね。
幸田 専門的な知識や技術が必要だと思っていましたが、いろいろな人が参加できるようになっているのですね。
高橋 日本の社会自体でNGOあるいはNPOが市民権を得てきたということもいえると思いますね。
幸田 現地の人の反応はどうですか。歓迎してくれていますか。
高橋 まあ正直いうとね、やっぱり物足りないと思いますね、現地の人は。ひょっとして日本から来たNGOがなんかやってくれるんじゃないかと期待していたと思うんですね。ところが残念ながら私たちには資金力が不足していて、大きな事業ができない。私たちが行ったことが村の人たちの直接利益になるわけではなく、非常に時間がかかることを、しかもできるだけお金をかけずにやっている。でも結局最終的に自立していくってことはそういうことだと思うんですよね。物をもらい続けなきゃならないということでは自立につながらないわけですから。
幸田 緑のサヘルをつくられて今年は10年という節目になるわけですけれど、これまでの活動を振り返っていかがですか。
高橋 しゃにむに走り続けてきたっていう気がしますよね。財政的にも自転車操業的なところがあったし、それから現場でもわからないことだらけで大きな問題から小さな問題まで毎日いろんな問題が起こっている。
 これからの展望といってもほんとに地道に一つひとつのことをやっていく以外にないと思いますね。残念ながらまだ私たちの活動は点に過ぎない。これをなんとかもう少し、線から面にまで広げていきたいと思います。
幸田 これからも緑の復活が夢ですか?
高橋 会の名前に「緑」と付けたわけだけれども、私の原点に戻ればやはり食料なんですよね。食べるということが最初に重要だと思っていて、ところが
今や農業生産する側もどんどん少なくなっている。そこで農業生産をする基盤をつくっていく意味においても植林活動を含めた緑を増やしていく活動が重
要だと思っています。そういう意味において緑を取り戻したいと思っているんですよね。
(2000年7月24日東京都内にてインタビュー)
インタビューを終えて
 遠く離れたアフリカの地で、砂漠化の防止のために、活動を続けてこられた高橋さんのお話をうかがって、人的要因がここでも自然界に重大な影響を及ぼしている、という現実を改めて教えられた思いがしました。
 気候変動などの自然的要因に加え、過剰な放牧や農地化、焼き畑、薪の使用などで森が切り倒されて、土地が荒廃するという問題が起きているといわれます。
 日本は「砂漠化対処条約」を98年に受諾しました。しかし「砂漠化」の問題について、日本の国民や企業の関心や理解が薄く、支援が不足している面があるのではないでしょうか。こうした中で、苦労を乗り越えて、現地の人びとを支えようとしている人たちの努力は、本当に価値のあるものだと思います。
 高橋さんが指摘したように、炊事用のソーラー装置が、日本の企業の協力で完成し、薪に頼らなくて済む生活が実現できたら、どんなにすばらしいことでしょう。その夢が実ってほしいと思いまし
た。(幸田 シャーミン)




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