第52回ロバート・デユランさん(米国マサチューセッツ州環境長官)
<プロフィール>

1998年12月、マサチューセッツ州環境長官に任命される。それ以前の15年間は、同州議会(上院)の天然資源委員会委員長や院内総務(Majority Whip)などを務め、環境派議員として知られている。96年、河川水質の保護のために流域における開発を制限した河川保護法を立案、成立への道を開いたことでも知られている。ほかにも、州レベルでオープン・スペース公債法(96年)やブラウンフィールド法(98年)など環境分野のカギとなる法律の起案者としても活躍。マサチューセッツ環境リーグ、マサチューセッツオーデュポン協会、歴史保全のためのナショナルトラストなどのNGOから数々の賞を与えられている。州内の町ハドソンに育ち、ボストンカレッジを75年に卒業。
幼稚園から高校まで、全てのレベルで環境教育を取り入れていくことを目指してます
生物多様性の日を設けて環境教育
幸田 マサチューセッツ州政府には、環境教育担当官という専門のポストがありますが、これはアメリカでは一般的なのですか。
デュラン 一般的になりつつありますし、また、アメリカでは環境教育に改めて関心が集まっています。私は州議会(上院)で長年、天然資源委員会の委員長を務めていたのですが、環境長官になったとき、これまでの環境教育に欠けていた、環境に対する後見役としての精神、次の世代の子供たちを導く環境道徳が極めて重要と考え、現在のポストに昇格させたのです。そして、環境教育のさまざまなイニシアティブを導入しました。
幸田 それは、例えばどのようなものですか。
デュラン 州政府のさまざまな部局に、環境に関わる3,500人の職員がいます。まず、彼らに小、中、高生の教室に出向き、自分たちがどのような仕事をしているか、どのような環境問題に関心を持っているかなどについて話をするよう働きかけています。そのための訓練もしています。これまでに、10〜15%の職員がこ
の活動に参加しています。私自身は37校を訪問しました。私は、流域を題材に使い、流域に暮らすことの意味をスライドなどを使って子供たちに示し、話が終わるころには、彼らは自分たちの家や学校の所在地と同じように、流域の所在地がわかるようになります。また、今年から世界で初めての政府主催の「生物多様性
の日」をつくりました。
幸田 それは州の日なのですね。
デュラン そうです。6月9〜11日の3日間です。それぞれの地域で、500種の動植物や昆虫を探し、名前や分類を調べる活動をします。そのためのガイドブック『Citizens' Guide Protecting Biodiversity & Ecosystem』を州が提供しています。今年は150校、1万人の学生が参加し、また、植物学者、昆虫学者など100人の専門家が応援してくれました。これにより、生物保全の視点から見て、保護が必要な場所がしっかりと守られているかどうかをマッピングなどを通して確認できます。また、市民や学生が自分たちの裏庭や地域、校庭などの動植物について学習し、生物多様性とは何かということに対して意識を高める機会にもなります。
 学習のほかに、「バイオ保護地区」というものをつくっています。将来の世代のために、州内にある広大な未開発の土地を保護するためです。現在それにふさわしいと思われる六つの地域が確認されています。
土地の保護と環境教育の連動
幸田 州政府が民間の所有者からそうした土地を買い上げるということですか。
デュラン 民間から開発権を買うことによって、土地を保護するのです。最近の例でいうと、ある木材業者が事業拡大のため、資金を必要としていました。彼らは、自分たちが所有する7,000エーカー(約2,800ha)の土地の大部分を永久に保全地区とする代わりに、一部で木材の切り出しを続けさせてほしいと言ってきたのです。
 本来1エーカー当たり1,500ドルはする土地ですが、われわれは1エーカー当たり200ドルで永久保全の権利を取得しました。これにより彼らは、土地の持つ木材的な価値だけでなく、野生生物の生息地としての価値からも土地を管理していく義務を負います。一般の人びとのアクセスも認められ、誰でもその土地を歩くこ
とができます。これは私が去年始めた新しいイニシアティブです。それから、ヴァーナル・プールの登録と保護も行っています。これは、春に出現する水たまりのようなもので、サンショウウオ、両生類、昆虫たちにとっては産卵や最初の数カ月を過ごす大変重要な場所です。ヴァーナル・プールは州の法律で保護され、その近くでは開発は禁じられています。子供たちのために、そのフィールドガイド『A Field Guide to the Animals of Vernal Pools』も配っています。
幸田 大変素晴らしい、カラー写真をふんだんに使ったガイドブックですね。
デュラン 環境教育に関しては、現在、9年生と10年生のカリキュラムに組み込むことに力を入れています。1972年につくられた私たちの「マサチューセッツ環境教育プラン」は地域性を大切にするアプローチをとっています。また、教師自身が環境教育を学んで専門家としての資格を取り、歴史や生物や化学の授業に組み込んでいけるよう、州の各地にセンターがあります。
 例えば州の「流域イニシアティブ」活動と連携して、生物の授業なら、流域の水質検査を行ったり、流域に生息する動植物や昆虫の種類を調べたりできますし、化学の授業であれば、流域の水に含まれる化学物質を調べたりできます。また、歴史の授業なら、その流域の歴史について調べることができます。このように、すべてのレベルで環境教育を取り入れていくことを目指しています。
 90年からは、私の環境教育の顧問をしてくださっている40人の専門家が幼稚園から高校までの環境教育ガイドラインをつくり、教師や学校を支援しています。このほかにNGO、市民グループ、企業、他の政府機関や部局、水族館、科学博物館、動物園、大学などとも連係して幅広く取り組んでいます。
幸田 なぜ環境教育に優先的に力を入れていらっしゃるんですか。
デュラン 私が3人の息子の父親であること。そして、環境教育をとても大切にする家庭で育った結果、今の環境活動家としての私があること。豊かな環境を将来の世代に残したいからです。
コミュニティ保護法の成立
幸田 マサチューセッツ州はアメリカで最も環境政策の進んだ州の一つとみられているのですか。
デュラン その通りです。全米で、環境への取り組みの最前線にいます。汚染防止のための大変厳しい規制や、土地を開発から保護する積極的な政策も導入しています。私が州の上院にいたときに起草した、国内初の河川保護法もその一つですが、河川や小川をノンポイント汚染から守るため、開発規制区域を河川沿いに設
定しています。
幸田 つまり、川沿いに建物は建てられないということですか。
デュラン こうした法律のない州はたくさんあります。マサチューセッツでは、96年から州のすべての川や小川を対象にしています。また、つい2週間前に法律として成立したコミュニティ保護法は、固定資産税に3%上乗せした分を、歴史的な建造物の保存やオープン・スペースの購入のために使える仕組みで、地域がねん出した金額と同額を州政府が支援します。
幸田 反対は起きなかったのですか。
デュラン 反対の地域もあるでしょうが、スプロール化の打撃を受けた地域は、生活の質を守りたいと考えています。この法律は強制ではなく、地域の選択に委ねられています。
幸田 選択できるんですね。
デュラン そうです。この1年半かけて私たちのやってきたことは、この法案を後押しすることでした。現在のゾーニング(都市計画による区画)はどうなっているのか。都市成長率は今、何%か。それをもとに今後、20年、40年、60年先のコミュニティの姿はどのように変わっていくか。地理情報システム(GIS)を用い
て、ビジュアルに地域の現状と未来の姿を示すことができます。その費用は州が負担します。
幸田 日本の人びとに伝えたいメッセージはありますか
デュラン 環境の持続可能性という問題について、学び合えるものがたくさんあると思います。私たちの環境に対する影響を、この惑星に暮らす他のさまざまな種を追い出さずに済む範囲内にとどめるようにするためには、この惑星が養える許容能力はどのくらいなのか? 日本やアメリカが養える能力はどのくらいか? 
産業界や政策立案者に、将来の世代のために自然を残しておくよう促す一方で、市街地や都市部のように成長が必要な場所にそれを促すことが大事だと思います。
幸田 ありがとうございました。
(2000年10月3日、米国マサチューセッツ州ボストンにてインタビュー)
インタビューを終えて
 私はこれまで数年間、海外ではヨーロッパの環境への取り組みを取材してきましたが、
今年初めてアメリカの環境政策や環境教育の現場を回ってきました。
 アメリカは世界で初めて環境アセスメント法や市民の知る権利の法をつくり、地域の有害化学物質や水質情報などを国民に積極的に開示している一方で、世界一の二酸化炭素排出国でありながら、温暖化会議などでは消極的な姿勢をとり続けているように、環境対策に後ろ向きなイメージを発信している面もあります。
 環境教育ではどうなのだろうと、さまざまな関心をもって東部地域を取材したのですが、マサチューセッツ州のように、自治体レベルで実に積極的な取り組みをしているところが少なくないことを知り、とても勇気づけられました。
 190cmはゆうに超える長身の、気取りのない、さわやかなデュランさんの熱意にあふれる話を聞いていて、こうした環境保護の力強い政治のリーダーがどんどん出て、市民とともに手を携えて進めば、21世紀の見通しは明るくなるに違いないと思いました。(幸田 シャーミン)




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