第56回 森 和弘さん(松下電器産業代表取締役常務)
<プロフィール>
森 和弘さん(もり・かずひろ)

愛媛大学工学部機械工学科卒業後、1964年松下電器産業に入社。生産技術本部長などを歴任後、99年から常務取締役兼環境本部長。2001年から現職。生産技術の現場を長く経験、電子部品自動挿入機の開発では近畿地方発明表彰を受賞している。1941年生まれ。
環境レポート大賞のメッセージは「有機野菜のような電気製品」
幸田 2000年度の第4回環境レポート大賞で環境庁長官賞を受賞され、おめでとうございます。
 ありがとうございます。
幸田 みなさん喜んでいらっしゃいますかしら。
 環境対策は受け取り方によっては「コストがかかる」とか、「この忙しいときに」とか、社内でもそういう声があるわけですけれど、環境の取り組みによって評価され、そしてそれが企業のイメージアップにつながる。外からも評価されることで、社内の取り組みがなお一層加速するという効果があると思います。
幸田 今回の環境報告書を拝見していて、責任者の顔が見えるだけでなく、森常務のお人柄まで伝わってくるようで、感銘を受けました。森さんは四国の豊かな農村地帯でお育ちになったそうですね。「有機野菜のような電気製品」を作りたいという表現をされていますが、具体的にどういうイメージかお話しいただけますか。
 簡単な言葉で皆にわかってもらえる、何かいい言葉はないかなと思ったわけなんです。それから、私たちのやり方を考え直せと地球からも警告が発せられていると思っています。つまり、従来の大量生産ではない商品のイメージを伝えたかったのです。
 おなかの中に入る有機野菜や、女性だったら肌につける化粧品については、やはりお金を出してきちんとしたものを買うでしょう。われわれの製品もそういうふうに受け取っていただければ、少し高いお金で買っていただけるのではないかということです。「農薬を使わない有機野菜であれば、きれいな土壌で、でき上がったモノも安心して食べてください」と、そういうつもりで取り組むように社員に向かって言っています。
幸田 有機野菜という表現からは、単なるモノではなくて生きているという感じが伝わってきますね。これまでのモノづくりの考え方と大きく変わるのではないでしょうか。
 いい家具などは、使いこんでいくほど愛着がわくというのがありますよね。そういう商品になれば一番いいわけです。製品の寿命というのは、本来は持ち主が愛着を持ってくれる期間ですから、そういう商品をどのような形で目指していけばいいかということになります。
幸田 私たち自身の考え方も変わってくるし、そういう形で電気製品と接することができればとても素敵な関係になると思います。
 グリーンプロダクツ、クリーンファクトリーという考え方を打ち出しておられますが、具体的にはどのようなことですか。
 クリーンファクトリーが畑であり、グリーンプロダクツはそこで栽培した有機キャベツ。お客さんに使っていただくものがキャベツであり、生産の場という工場では農薬を使わず土壌を汚さずという姿勢なんです。
幸田 松下電器は私たち消費者にとってとても身近な企業ですよね。そのメーカーが環境に配慮してくれれば、消費者も気持ちよくモノを買い、使うことができます。マインドシフトが企業のトップで始まったということは、消費者の立場からも嬉しいことです。
 まだスタートしたばかりですけれどね。
幸田 成果を期待しています。グリーンプロダクツやクリーンファクトリーのモデル的な事例はございますか。
 例えば製品面でいえば鉛を使わない。電気製品というのは必ず電気回路で成り立っています。一つのプリント基盤に電子部品が数百から数千個載っていて、その部品をきちんとくっつけるのに鉛を含んでいるハンダを使っています。
 鉛の問題が言われ出したのは酸性雨がきっかけなんですね。酸性雨が降ると土壌中の鉛が溶け出して飲料水に混じったりと非常に問題になってきました。まずそれを違う金属材料に替えています。
幸田 それは技術的に可能なんですか。
 お金はかかりますが、順次切り替えていきます。
自らの事業を否定する視点も必要
幸田 環境報告書の中で「物質的・経済的な豊かさを基本から見直すことが大切」「人間活動が自然生態系を破壊していることを認めるところからはじまります」というお話しをされていますね。また、あえて「自分たちの事業を否定するような視点も必要です」というお話しもされています。このようなご発言は社内でどのように受けとめられましたか。
 えてして当該の部門は反発しますよね。だけど私はあえてそういうことも、ある面ではけんかをふっかけるような感じに持っていったりします。そしてもう一度われわれ自身のあり方や見方を考えていく議論の場になったらいいなと思ったのです。
 例えば自動販売機なんかね、うちなども社内に何千台とあるけれど、ほとんど土日は稼働していない。電気代だけでももったいないから、半減か3分の1くらいにしろと。それから、冷蔵庫もあんなに大きいのばかり出すから、家の中で賞味期限切れのものを出して腐らせてしまう。これからは、「身近にあるコンビニと共存するような冷蔵庫です」という出し方もいいんじゃないかとかね。その時代時代の生活パターンを研究すればレンタルという方法もある。レンタルは回収が確実ですから、捨てられたりせずにすむ。
幸田 ということは、松下電器もレンタルサービスということを考えているのですか。
 もちろん考える時代だと思います。どうするかは現行のシステムではいろいろな問題があると思いますけれど、議論をしていく必要がある。
幸田 松下電器では環境会計を98年に導入して、99年度の集計ではコストが526億円で削減効果は80億円となっていますね。
 先行投資ですよ。
幸田 あとどのくらいでエコロジーはエコノミーというふうになっていくと思われますか。
 われわれも分解しやすい製品設計、リサイクルを考えて設計に取り組んでいます。そうすると組み立てのネジの数が半分に減り、部品点数も減って、作る方でもコストが節約できるわけですね。
 私も長年生産技術を担当していましたが、少ない材料でできるだけ効率を高めるというのが日本の技術、生産力を高めてきたわけですね。昭和40年代には本来の作りやすい工法でやってきた。そうして日本はずっと伸びてきたわけですが、いつの間にかぜいたくになって、工夫をしなくなった。昭和40年代の技術があれば、日本はもっと環境にやさしいモノづくりができると思うんです。
幸田 そうすると、ここ何十年で資源の効率的利用の技術は後退したということですか。
 私は後退したと思います。だから私は無駄のない作り方という生産技術を取り戻せば、そのものが環境技術になると思います。
モノを長持ちさせるための仕組みが大事
幸田 製品を長持ちさせるためのメンテナンス、あるいは自己診断機能についての取り組みがありましたら教えていただけますか。
 製品を長持ちさせるという点では、もともと松下も全国に販売チャンネルの電気屋さんを持っています。その電気屋さんの経営はかなりの部分が修理で占められてきたわけです。
幸田 そういえばそうですよね。私の家にもよく来ていただいています。
 基本的には松下の販売網というのは、売り先でもあるけれど商品を長く使ってもらうための組織でもあるわけです。日本全国で2億台強くらいのうちの製品が使われています。そのうち毎年700万件は修理して再度使っていただいています。
 自動車産業が自動車を売って得ている利益よりも、修理と保険代の方が何倍も大きいんです。私は家電業界もいずれはそういう形になっていくと思うんですよね。
幸田 家電リサイクル法がスタートしました。いろいろな問題点があると思いますが、松下電器の対応状況はいかがですか。
 リサイクルは、作ったところが一番上手な分解の仕方を知っているのですから、メーカーが行うのがいいでしょう。ただその時のコストはいただきますよと。しかし他のものの処理は税金で、なぜ家電製品の処理だけがメーカーなのかと、ちょっと不合理なところがあります。
幸田 処理の費用は一律ですか。
 いいえ。これはわが社が最初に発表し、他社も追随したということです(家電リサイクル法で発生する処理費用)。しかし本来は、こんな値段でできないんです。回収の費用を含めたら倍以上、東京都の場合、冷蔵庫は1万5,000円くらいかかっています。メーカーとしては、かなりの努力目標を入れた値段ですね。
幸田 21世紀の松下は、どのような企業になっていくのでしょう。
 よく手紙をいただくのですが、「結婚したときに使っていた炊飯器が20年ももって、愛着があります」と。そういう製品を供給できるメーカーになりたいですね。
幸田 時代を超えて使っていけるモノですね。
 ただ、あせってもだめでしょうから、やはり従業員一人ひとり、そういうものを大切に思える人間が増えるほどそういう商品が増えてくると思います。
幸田 ありがとうございました。
(2001年3月15日東京都内にてインタビュー)
インタビューを終えて
会社に入ってからずっと、岩手県の白神山地や沖縄の西表島に毎年のように行っています」
 松下電器の環境への取り組みの旗振り役である森和弘常務は、さわやかで、健康そうで、いかにもバックパックが似合いそうなアウトドア派のイメージです。
 「きれいな海を見ると、こういう景色は残さなければいけない。私たちはまだ自然の良さを覚えている世代ですから、そういうところを残す義務があると思う」とも言っておられました。
 環境庁長官賞を受賞した松下電器グループの環境報告書は「企業は社会とエコシステムの中で活動しており、その活動は、人間やさまざまな生き物すべてとの調和の上に価値を生み出すものでなければなりません」という感動的な書き出しで始まりますが、若い社員のフレッシュな感性と森さんたちの豊かな体験が調和して、このように素晴らしいリポートができ上がったのでしょう。
 松下グループは国内14万人、世界で29万人の社員という中規模都市にも匹敵する大勢力。これだけの人びとが一丸となって新しいモノづくり文化を発信すれば、世の中の注目を確実に集めることになるでしょう。この報告書から、次にどのような行動の成果が生まれるか――それを大いに期待したいと思います。 (幸田 シャーミン)

家電リサイクル法で発生する処理費用(収集運搬料金は別)
洗濯機 2,400円
テレビ 2,700円
エアコン 3,500円
冷蔵庫 4,600円




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