第41回 バーナード A. リエター(Bernard A. Lietaer)さん(テラグローバル財団会長) | ||
<プロフィール> |
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1942年ベルギー生まれ。世界金融と環境の永続的な安定を目指した教育NPO、テラグローバル財団(Terra Global Foundation)の共同創設者。ベルギーのローヴァイン大学大学院電子工学部、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院経営学部修了。78年からベルギー中央銀行にて国家電子決済システムの総裁などを歴任後、EUの通貨単位ECUづくりに携わる。87年から91年までは共同創設者として通貨マネジメント会社であるガイアコープに参加。現在はカリフォルニア大学バークレー校持続可能な資源開発センターの研究員。『The Future of Money』と『The Mystery of Money』の2冊は来春、日本語版が出版される。フランス語、スペイン語、オランダ語、そして英語に堪能。氏のホームページはhttp://www.transaction.net/money | ||
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環境問題の解決にとって 通貨システムの改革は必須条件 通貨システムの四つの課題 | ||
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幸田 来春、日本語版が出版される『The Future of Money』と『The Mystery of Money』では、失業や高齢化、金融不安、自然破壊などの多くの社会問題は私たちが利用している通貨システムと関係があると論じています。通貨システムのどこに問題があるのでしょうか。 リエター まず、通貨システム自体に問題があるということではなく、われわれがある特定の通貨システムを、唯一の独占的なシステムとして使っていることが問題なのです。ネジ回しを例に話しましょう。ネジ回しはネジを回すためには適していますが、絵を描くには適していません。この場合、ネジ回し自体に悪いところがあるわけではない。何のために使うのか、用途に合わせるべきだということです。ネジ回しをすべての用途に使おうとすることが誤りなのです。 現在の通貨システムは競争的な経済においては非常に優れたネジ回しです。しかし、同じシステムで高齢化、環境破壊、通貨不安などに対応しようとしたらうまくいかないでしょう。なぜなら、現在われわれが直面している問題に対応するのに適した道具ではないからです。 幸田 つまり、現在の通貨システムは私たちの社会問題に対応するには不十分だということですね。 リエター そのとおりです。人間の労働力が非常に重要な産業化社会では、現在の通貨システムが有効で、産業化をうながした大きな推進力の一つでした。過去200年間、産業時代をつくり上げたのは通貨システムなのです。しかし、今、私たちはその通貨システムにそぐわない問題に直面し始めたのです。 幸田 失業問題などに対する人びとの恐れですね。これまで成功を導いてきた既存のシステムが、なぜ機能しなくなり始めたのでしょうか。 リエター 問題は四つあると思います。まず、高齢化です。社会はどのようにこの問題に対応すればいいのか。どのように資金を調達すればいいのか。今のシステムでは税金を上げるなどの方法しか解決策はありません。そうでなければ、まったく新しい通貨システムをつくる、高齢化問題の対応という特定の目的でデザインされた絵筆を用意する必要があるのです。不足や競争をうながすためにデザインされた日本円では同じことはできません。 二つ目は、情報革命です。ある推定によれば、これから30年のうちに、地球上の全人口が必要とするすべてのものを生産するために必要な労働力は全人口の2%で済むということです。そこで、どのようにして何億人という人びとに生活のためのお金をかせぐ方法を与えていくのかという問いが生じてきます。 第3の問題は、金銭上の利害と長期的持続可能性の衝突をいかに解決するかということです。環境問題の真の課題は、既存の通貨システムがすべての企業人に短期的にモノを考えるようにしていることです。長期的視野は、株主の利益、金銭上の利害に反しているのです。このような対立が続く限り、環境問題への対応はままならないと思います。 一つ重要なことを付け加えておきますが、環境問題の解決にとって通貨システムの改革は必須条件ではありますが、これだけで十分ではありません。金銭上の利害と長期的視野の対立そのものが続く限り、環境問題の解決はあり得ないと思います。 第4の問題としては通貨不安です。これは増大する一方です。 幸田 高齢化などの問題に対しては経済システムを変えなくてはいけないと思いがちですが、リエターさんは、通貨だとおっしゃっているのですね。 リエター ええ。これらの四つの疑問は、現在の通貨システムの存在そのものを問うのではなく、追加的な解決策を求めているのです。経済学の教科書には企業と個人は市場と資源をめぐって競争するものだと書いてあります。私はこれが正しいとは考えません。彼らは、市場と資源を介して通貨を求めて争っているのです。 幸田 リエターさんは、通貨をどのように定義しますか。 リエター 通貨に関する幻想の一つは、お金をモノだととらえていることです。通貨はコミュニティにおいて交換のための手段として使うという約束事にすぎません。約束という意味では、結婚と同じです。われわれの頭の中にしか存在せず、つかむことも、持って歩くこともできません。約束は変えることはできますがね。 幸田 そんな風にお金のことを考えたことはありませんでした。そうすると、150年前に通用していた同じ通貨、同じ約束事が現在はうまく機能しなくなっている。それは、通貨自体に問題があるわけではなく、状況が変化したということなのですか。どう解釈すればよいのでしょうか。 リエター 産業化社会において競争をつくりあげるためには、現在の通貨システムは適しています。しかし今は、産業化社会が突きつける問題に対応しなくてはなりません。これから20年たっても、われわれは車のガソリン代や車、コンピューターを国民通貨で支払っていると思います。このようなモノを生産する企業はお互いに競争してほしいと私は望んでいます。幸田さんも、競合相手のいないような企業がつくった車を買いたいとは思わないでしょう。だからといって、子供たちの教育や高齢化社会への対応、そして環境問題の解決のために同じ通貨システムを使う必要は必ずしもありません。 | |
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競争的な「陽経済」と協働的な「陰経済」 | ||
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幸田 リエターさんは、現在の通貨になにかを加える必要があるとご提案なさっているのですね。 リエター そうです。「陽経済(Yang Economy)」は競争的であり、希少的な国民通貨によって動き、商業取引をうながしています。一方で、人びとがお互いに連携しあう「陰経済(Ying Economy)」というコミュニティにおける交換があります。一つの通貨システムの中で、このようなことをしようとすれば、NPOをつくり、税金控除や補助金などに依存するしかありません。私が提案する解決策は、二つ目の輪、「陰経済」を描くことです。協働的かつ十分な補完通貨、陰通貨を据えるのです。 日本でもすでに取り組みが始まっています。さわやか福祉財団のふれあい切符の興味深いところは、計算の単位がサービスの「時間」であるという点です。例えば、私の家の前のお年寄りのところに1時間、朝8時から9時まで食事のお世話にいくと1「時間」。これが入浴の手伝いだと、もう少し高い「時間」にカウントされます。このような「時間」を口座に入れておくと、私が病気になったときに私がサービスを受けられるのです。または、この時間口座の預金を別の場所にいる私の母に送って、彼女がサービスを受けることができます。つまり、私が道の向こう側のおばあさんのお世話をすることは、実は500kmも離れたところに住んでいる母親の世話をするということになるのです。人びとに時間さえあれば「お金」がつくれるという仕組みです。 幸田 介護などのヘルスケアは将来、このような形にすべて置き換わるべきだとお考えですか。 リエター いいえ。あくまでも陰経済の通貨は補完的なものです。このお年寄りが骨折をして、ギプスが必要になったら、健康保険で賄われるべきでしょう。私にはギプスは提供できませんから。しかし、私がそばにいることで、彼女はより長い間自宅にいることができ、社会的コストが安く済むのです。1億人の人口を抱える日本では毎日のケアが必要になる人がどれだけいるか、そのコストをどうやって賄っていくべきなのか。あくまでも補完的な役割ではありますが、このような方法も活用できるのです。 | |
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長期的視野を持たせる通貨 | ||
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幸田 最初の地域通貨はどこで始まったのですか。 リエター 1934年に創業されたスイスのヴィール銀行は現在では8,000人の参加者を得ている、世界で最も成熟した地域通貨システムです。年間に20億米ドルに当たる取引が行われているのです。 幸田 ヴィールはどのように始まったのですか。 リエター 30年代の不況がきっかけでした。当時は何千という同様のシステムが生まれました。 幸田 つまり失業問題への対応ですね。どうしてヴィール以外のシステムは消えてしまったのでしょうか。 リエター ドイツとオーストリアの場合は、中央銀行が、国民通貨を脅かすとして地域通貨を禁じたのです。米国では、ルーズベルト大統領によって事実上禁止されました。 今では、人びと自らが互いに助け合うということの可能性に対する理解が少しは深まってきているのではないでしょうか。 幸田 中央銀行でお仕事をされたことのあるリエターさんは現在でも、このような地域通貨は国立銀行にとって脅威になるとお考えですか。 リエター こう考えてみましょう。あなたが自宅で趣味としてコンピューターを組み立てるとき、例えばIBMに許可を求めるようなことはしないですね。伝統的な通貨システムの独占状態が維持されるべきだと信じている人びとは、先ほどの四つの問題をどのように解決しようというのか、ということです。しかしこれらの四つの課題に対する答えが見つからないのであれば、別の新たなものを探るべきではないでしょうか。ふれあい切符のようなものは、このような課題に対応しようとするもので、中央銀行を脅かすものではありません。資産を否定するものでもありませんし、インフレを引き起こすものでもありません。社会問題に対応するための技術なのです。 幸田 リサイクルや再利用は新しいものの購入を妨げるから、市場に悪影響が出るのではないかという懸念が一部にあるようですが、持続可能性と利益をどのように両立させることができるのでしょうか。 リエター 人間に長期的な視野を持たせるような通貨はつくれると思います。これまでもそういう通貨は二つの文明に存在しました。5,000年前のエジプトと中世ヨーロッパです。隠れた技は、専門用語で「デマラージュチャージ(もちこし料金)」と呼ばれる、マイナス金利がついていく通貨があったことです。 最も安定していたエジプトを例にあげましょう。私が農民だとして、10箱のトウモロコシの収穫の余分が出て、預けると、日付と受取人の署名の入った受取証を受け取ります。この受取証を持って、私は牛を買うこともできます。保管されたトウモロコシの受取証がエジプト時代には通貨として使われたのでした。私が預けた先に1年後に受取証とともに戻って「私が預けた10箱のトウモロコシを返してほしい」と言ったとします。そこで「預かったのは1年前ですから、9箱だけお返ししましょう」と言われる。どうしてかというと、保管場所にはねずみもいるかもしれませんし、管理のための人件費などの保管料もかかる。つまり、マイナスの金利があったのです。このように年利10%のマイナス金利の付いたお金を持っているとしたらあなたならどう使いますか。 幸田 できるだけ早く使うことでしょう。 リエター そのとおり。次の日にでもラクダを買ってしまうでしょう。当時の通貨は、純粋に交換のための手段だったということです。 幸田 どうやって貯蓄したのですか。 リエター 彼らは生産性のある資産に投資したのです。ラクダを買ったり、かんがい施設を整備したり、その他の機械を常に良好な状態に整えておく、これが当時の貯蓄だったのです。 | |
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コミュニティ創出の答えは「陰経済」 | ||
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幸田 リエターさんは、将来、職(work)は増えるが、仕事(job)は減ると発言なさっていますが、具体的にお話しいただけますか。 リエター まず、仕事と職の違いですが、前者は生活のための仕事であって、後者は情熱をもって取り組むことです。私が描く将来のシナリオは次のとおりです。例えば幸田さんが新聞社で働いている一方で、趣味で書道に打ち込んでいるとしましょう。書道でお金を稼ぐつもりはないのですが、コミュニティセンターでクラスを開いたり、地域のためにその腕を活用したりして、その支払いを地域通貨で受けるのです。この地域通貨で自分が暮らすコミュニティからなんらかのサービスを受けたり、または自らが年をとったときの問題を解決することもできます。仕事(新聞社)に9時から1時、そのあと半日は職(書道)です。なかには、職への情熱がまさって、自分で状況を調整して、職だけになる人も出てくるかもしれませんが、それはそれでいいでしょう。 幸田 選択肢の多い社会になるということでしょうか。 リエター ええ、より多くの選択肢のある社会になる。陰と陽の社会があれば、自分自身でバランスを調整して、半々の時間を費やすことができるのです。 幸田 それは素晴らしいですね。あまり現在の「お金」だけに多くを求めないということですね。 リエター お金は、なんらかの関係性をつくりあげるための道具にすぎません。 幸田 リエターさんの提案の目標は何ですか。 リエター バランスです。現在のわれわれの社会が抱えるさまざまな課題のいくつか ――さきほど挙げた四つなどはそれに当たりますが ――に対応すべき時がやってきているのだと思います。現在のシステムのままでこのような問題をどう解決するのかを明確に説明できる人、経済学者にも金融関係者にも、これまで会ったことがありません。私が主張しているのは、本当の課題は、通貨システムが極端に「陽」に偏ってきたために、結果として一方の「陰」が阻害されているということです。この第2の部分がわれわれにとって必要なのです。開発が進んでいる社会ほどコミュニティが失われているのです。米国では人口の86%が、最も優先度が高い問題を「コミュニティの創出」だと指摘しています。誰もどうしたらいいかわからないのです。陽経済がコミュニティを破壊しているということが理解されていないのです。解決は犯罪に対する警察権力の強化ではなく、コミュニティです。 幸田 本当ですね。米国だけではありません。 リエター 問題はどうやってコミュニティをつくり上げるかということです。陰経済が答えだというのが私の主張です。 (1999年9月20日東京都内でインタビュー)
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